中村の後悔「チームの雰囲気を壊したくなくて…」
北海道の旭川駅南口を出ると、目の前を流れる忠別川のほとりに広場がある。7月30日、失意の底にいた静岡学園の選手たちは朝の散歩を終えると、夏の芝生に腰を下ろして輪を作った。優勝候補に挙げられた全国高校総体でまさかの初戦敗退。その翌朝、選手だけのミーティングが開かれた。口火を切ったのは主将のGK中村圭佑だ。試合前日に「油断」に通じる言葉を口にしていた選手がいたこと。試合前のウォーミングアップ時、よその試合ばかりに目を向けて準備を怠った選手がいたこと。試合中、守備をおろそかにしている選手がいたこと…。
不協和音が生じるのも覚悟の上で、やるべきことをやらなかった仲間に名指しで自分の思いを吐き出した。
「自分が甘かった。大会前、みんなの発言から自信が過信に変わっているのを感じていたのに、チームの雰囲気を壊したくなくて言わなかった。負けるべくして負けたので、ミーティングではストレートに言った」
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全国高校総体初戦で敗れ、肩を落とす静岡学園イレブン
涙を流し始める選手もいた。徳島ヴォルティス入団が内定したMF高田優もその一人。「自分は『守備がぬるかった』と指摘を受けた。でもその時から、みんなで思っていることを遠慮なく言い合えるようになった」
中村によると、最後まで言い争いになることはなかったという。「みんな心の中では分かっていたんだと思う」
うそのない思いが仲間に届いたのだろう。うまさばかりが先行するテクニシャン集団が一皮むけるきっかけになった。
「やれよ!さぼるな」
東京ヴェルディの入団が決まった中村を語る時、持ち味として真っ先に挙がるのは抜群のリーダーシップとコーチング力だ。練習で緩みの見える選手がいれば、たとえ主力でも容赦なく声を張り上げる。「やれよ!やんなきゃ駄目だ」「さぼるな!」。その声が響くたびにチームが引き締まり、紅白戦のボルテージが上がっていく。
浅野GKコーチは「技術はまだまだ足りないが、人間性がいい。今は『中村がいないと駄目だ』という雰囲気。チームの精神的支柱になっている」と存在感の大きさを語る。
静岡学園に心をわしづかみにされた日
中村は埼玉県出身。浦和の尾間木スポーツ少年団でサッカーを始め、小学時代はいろいろなポジションを経験した。GKに転向したのは、FC東京U-15むさしに入ってから。入団前の練習会にはセンターバックとして参加したが、関係者に「キーパーで勝負しないか」と声を掛けられた。静岡学園に入るきっかけとなったのは、中学2年生ながら“助っ人”として呼ばれた、FC東京ユースと全国高校選手権を控えた静岡学園との練習試合だった。「生でシズガクを見て、すげえなって」。その年、静岡学園は創造性あふれるサッカーで一気に全国の頂点に駆け上がった。技巧派集団に心を揺さぶられた。
「この仲間たちと夢を叶えたい」
高校入学後はすぐにAチーム入りし、2年時にはU-18日本代表に。順調に歩みを進めてきた。最後の全国高校選手権を控え、中村は「この1年間、全国制覇のためにすべてを懸けてやってきた」と言い切る。
「みんなが、チームのために力を尽くすようになった。日本一になるために、みんなが周りのことを思えるようになった。この仲間たちと最後、夢を叶えて終わりたい」
プロに入ってからの未来は二の次。チームの成長にたしかな手応えを感じながら、夏のリベンジに向かう。