【三木卓さんとの思い出】担当編集者が今だから明かす交流秘話。静岡市出身の偉大な詩人・小説家は心優しかった!
(山田)今日は詩人で作家の三木卓さんのお話ですね。三木さんは僕の母校である静岡市立城内中学校の先輩に当たるんです。中学生のときに三木さんという素晴らしい作家さんが卒業生にいると教わりました。ただ、どういう方なのか知らなかったので教えてください。
(橋爪)はい。昨年11月18日に88歳で死去した三木卓さんの「お別れの会」が先週5月16日、東京都千代田区で開かれて、私も取材に行ってきました。三木さんは2008年から静岡新聞の文化面で毎月1回「鎌倉だより」というコラムを書いていたのですが、私は2020年から約4年間、担当編集者としてお付き合いさせていただきました。
(山田)そうですか。
(橋爪)今回は、お別れの会の様子や、私が原稿のやり取りをしていた際のエピソード、三木さんの文学者としての功績などをお話しします。
まずは簡単にプロフィールを紹介しますね。本名は冨田三樹さん。1935年に東京都で生まれました。アジア太平洋戦争の期間中、幼少期を旧満州(中国東北部)で過ごします。お父さんは詩人で記者だったんですが、現地で終戦を迎え、ほどなくして亡くなってしまいます。三木さんは一家で大陸を転々とした後に帰国します。
(山田)それは大変だ。
(橋爪)相当苦労したようです。ここに「砲撃のあとで」という文庫本があります。おそらく自伝的な内容だと思うんですが、まさに満州から引き上げていく様子が描かれています。満州の北の方からソ連軍が迫ってくるというような状況や、疫病の流行、空腹などがあるなかでいかに生き抜いたかが書かれていてとてもリアリティーがあります。
詩と小説の世界を股にかけて活躍した三木卓さん
(橋爪)帰国後はお母さんの古里の静岡で過ごします。静岡市立城内中から静岡高に進み、早稲田大へ進学します。その後、出版社の河出書房新社に勤務しながら詩作に励み、1967年に「東京午前三時」で「詩の芥川賞」と言われるH氏賞に選ばれます。さらに1971年「わがキディ・ランド」で高見順賞を受けるなど詩人として頭角を現します。(山田)「わがキディ・ランド」で受賞したのも詩の賞ですか。
(橋爪)そうですね。詩人として世に出てきましたが、小説も平行して書き進めます。1973年には「鶸(ひわ)」で芥川賞を受賞して小説家としての評価を確固たるものとしました。さらに1997年の「路地」でその年の第33回谷崎潤一郎賞に選ばれます。
文学は賞を取った取らないが価値判断ではあってはならないと思っていますが、その上であえていうならば、詩の世界の「H氏賞」「高見順賞」、小説の世界の「芥川賞」「谷崎潤一郎賞」の四つ全部に選ばれた人は、おそらく三木さんだけです。
(山田)なるほど。
(橋爪)それぐらいクロスオーバー的な文学者だということをまず知っていただきたいですね。これとは別に、児童文学の翻訳者としても知られていますね。多くの人が知っているだろう作品にアーノルド・ローベル「ふたりはともだち」があります。山田さんも知ってますよね?がまくんとかえるくんのお話です。
(山田)知ってますよ。
(橋爪)あれも三木さんが訳しています。このシリーズは「ふたりはいっしょ」「ふたりはいつも」「ふたりはきょうも」というタイトルもあって、全部で4冊出ているんですね。
(山田)懐かしい。
(橋爪)この中の「おてがみ」は覚えてますか?
(山田)ちょっと覚えてないな
(橋爪)今、教科書にも載っています。どういう話か聞けばおそらくわかると思います。手紙をもらったことがないというがまくんに、かえるくんが手紙を書いて、かたつむりに託したんだけれど、いつまでたっても届かない。しびれを切らしたかえるくんは、手紙が届く前にがまくんに手紙の内容を伝えてしまうというストーリーです。
(山田)何かあったような気がします。
「がまくん」「かえるくん」。児童文学の翻訳でも功績残す
(橋爪)三木さんの訳を少し朗読しますね。「きみが?」
がまくんが いいました。
「てがみに なんて かいたの?」
かえるくんが いいました。
「ぼくは こうかいたんだ。『しんあいなる がまがえるくん。ぼくは きみが ぼくの しんゆうで ある ことを うれしく おもっています。きみの しんゆう、かえる』」
「ああ、」
がまくんが いいました。
「とても いい てがみだ。」
それから ふたりは げんかんに でて てがみの くるのをまって いました。
ふたりとも とても しあわせな きもちで そこに すわっていました。
最後のところがぐっとくるんですが、英語の原文はこうやって始まるんです。
「Toad was sitting on his front porch.Frog came along and said, " What's the matter, Toad? Are you sad?" 」
要するに、がまくんが玄関の前に座っていました。カエルくんがやってきてこう言いましたという話なんですが、三省堂の英和・和英辞典「エクシード」で「Toad」を調べると「ヒキガエル、嫌なやつ」という意味だと出てきます。「Frog」は「カエル」ですね。これを三木さんは、「がまくん」「かえるくん」と訳したんですよ。
(山田)ヒキガエルを「がまくん」と変えたんですね。
(橋爪)子どもに読ませる本だとしても、よくこの言葉を思いつくなと、感心します。この作品が、世代を超えて読み継がれているのは、三木さんが彼らの名前を「がまくん」「かえるくん」と訳したことが大きく貢献していると思います。
(山田)そう思うと訳ってすごいですね。
(橋爪)この言葉の選択に、三木さんの優しさがすごくにじみ出ている感じがします。
高校野球と大相撲の話をするのが好きだった!
(橋爪)この先は少し私の話になってしまって恐縮なんですが、三木さんは2008年から亡くなるまで、本紙で随筆「鎌倉だより」を月1回、連載していたんですが、最終週の月曜日の掲載でした。その時の思い出話をさせてもらうと、第3週の月曜日朝に出社すると、必ずファクスで原稿が届いていました。(山田)ファクスなんですね。
(橋爪)すぐにお礼の電話をすると、いつも元気そうな声が返ってきました。その際に文学の話や静岡の話でひとしきり雑談するんです。特に高校野球と大相撲がお好きで。母校が静岡高校ですから、その戦いぶりは常に気にしていましたした。
(山田)へぇー、そうなんですね。
(橋爪)近年は相撲の方でも翠富士関、熱海富士関が活躍しているので、「静岡の力士がこんなふうに活躍するのは昔では考えられない」とものすごく喜んでいました。
(山田)原稿の話よりもそっちの話をするんですね。
(橋爪)月曜日の午前中から1時間ぐらいそんな話をさせてもらっていました。
(山田)橋爪さんもいい経験になったんじゃないですか。
(橋爪)本当に勉強させてもらいました。静岡県内の詩をはじめとした文学活動を継続していらっしゃる方々を常に気にかけていらっしゃいました。口癖のように「もっともっと、静岡から小説を書く人が出てきてほしいなあ」と言っていました。
(山田)次の世代もずっと気にかけていたんですね。
(橋爪)月1回のコラムでは、県内のどなたかの詩集が出たときにそれを評論したり、同人誌を積極的に取り上げたりしていました。静岡の現場で頑張っている方へのエールというものが常に感じられました。
(山田)三木さんが書かれたコラムに対して編集担当の立場からアドバイス編集するようなこともあったんですか?
(橋爪)アドバイスと言うとおこがましいですけど、例えば自分が面白いと思った本を郵送すると、次の月にその作品がコラムで書かれたりというようなやり取りはありました。三木さんは電話のほかによくはがきを送ってきてくれるんです。私はそれを全部とってあるんですが。
(山田)今日持ってきてくださってますね。
亡くなる2週間前のはがきにも優しさにじむ言葉が
(橋爪)亡くなる2週間前の11月1日消印のはがきをお持ちしました。静岡市の俳人で文芸評論家の恩田侑布子さんの新刊について私が書いた記事をお送りしたら、お褒めの言葉をいただきました。これは私の宝物です。
(山田)うわー。
(橋爪)私信なので本来であれば良くないのかもしれませんが、最後の部分をちょっと読み上げますね。三木さんらしさが感じられるので少し聞いて下さい。
今日はとてもいい秋日和ですが、これから先のことを思うとユーウツになります。いよいよオスモーですね。とりいそぎ。
これだけの文章なんですが、今読んでみてもすごく優しさがにじみ出ていて、声を思い出してしまいます。
(山田)先ほどの「がまくん」と「かえるくん」の訳の話もそうですけど、読み手側に優しさを与えるような文章ですね。
(橋爪)そうなんですよね。なんか丸いというか、温かいというか。亡くなったときも直前まで元気だったという話なので、すうっと旅立たれたような印象です。お別れの会もにぎやかで、いろんな人と話ができて、変な言い方ですがとても楽しかったです。これも三木さんの人徳だと思います。
(山田)X(旧Twitter)にも「このカエルの話を使った小学生の国語の授業で親友ということを教わりました」と来ていますね。やはり皆さんの心の中にありますね。
(橋爪)改めて三木さんのご冥福をお祈りしたいと思います。
(山田)今日の勉強はこれでおしまい!
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