叶え馬

静岡浅間神社の境内には、一心に祈れば何でも願いが叶うと伝えられる木彫の『叶え馬』が、国指定重要文化財にもなっている神厩舎(しんきゅうしゃ)に祀られている。
この神馬は、徳川家康が静岡浅間神社に奉納した馬を模して、三代将軍家光が有名な彫刻職人『左甚五郎』に作らせたものだと言われ、静岡浅間神社の七不思議やちゃっきり節にそのことが歌われるなど昔から人々に親しまれている。
人参が描かれた絵馬に願い事を書いて奉納することができ、馬という縁起の良いモチーフと日本の伝統的な神馬信仰が結びつき、ご利益スポットとしても人気の場所だ。
(左)「古美術 大門堂」で見つけた土人形 (右)住宅街で見つけた石
戦艦図絵馬

17世紀初めに現在のタイであるシャムのアユタヤ王朝で活躍したとされる山田長政。その生涯には諸説あるが、駿府馬場町の染物店に生まれたというのもそのひとつだ。その長政が、1626年にシャムから戦艦が描かれた絵馬を静岡浅間神社に奉納したという。
絵馬は1788年の火災で焼失してしまうが、それ以前に模写されていたものが発見され再び奉納された。現在、その模写原本を直接見ることはできないものの、社務所には絵馬をもとに制作された模型が展示されており、当時の姿をうかがい知ることができる。
(左)「おりへい」で見つけた親子馬 (中央)「糀屋嘉兵ヱ」の向かいで見つけた戦艦図絵馬 (右)西草深町の「ひまわり駐車場」に描かれた絵
馬場町

『駿国雑志』によると、馬場町の町名は徳川家康が駿府城に在城の頃に乗馬や馬術競技をする馬場があったことに由来する。この馬場は静岡浅間神社の東側にあり、廿日会祭では流鏑馬が行われていたそうだ。
なぜ「ばば」ではなく「ばばん」と呼ぶのかは定かではないが、徳川家康が駿府城を建てた頃の1587年の書状に『馬場之町』と記載されていることから、時代の移り変わる中、なまりで「ばばん」と変化していったのかもしれないという話だ。







































































