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社説(4月1日)対北朝鮮交渉 拉致解決へ機会逃すな

 北朝鮮の金正恩[キムジョンウン]朝鮮労働党総書記の妹、金与正[キムヨジョン]党副部長が3月、水面下で行われているとみられる日朝の外交交渉の内容を暴露する談話を発表して波紋を広げている。岸田文雄首相が、可能な限り早い時期に金総書記と直接、会談したいとの意向を伝えてきたとした上で、「拉致問題は解決済み」とする立場を強調して日本側もこれを受け入れる「政治的決断」を求めた。
 ところが翌日に「日本側といかなる接触も拒否する」と表明。さまざまな臆測を呼んだ。外交の原則に反して暴露したのはなぜか。日本が、最優先課題の拉致問題を無視して交渉などできようはずもない。それを北朝鮮が承知していないこともあり得まい。談話は高い要求を突きつけて利得を得るための交渉術と見るべきだろう。あるいは日米韓の連携を揺さぶる狙いがあるかもしれない。日本は北朝鮮を粘り強く説得し、一刻も早く拉致問題解決への具体的成果を上げなければならない。
 日本政府は与正氏の談話の後も交渉の詳細を明らかにしていないが、岸田首相は首脳会談に意欲をにじませている。何より拉致問題は被害者も家族も高齢化が進み、解決は待ったなしだ。拉致被害者5人が帰国して20年以上経過したが、その後、帰国者はいない。国家による拉致被害が今も継続し、侵害された主権を回復できないのは、日本外交の汚点だ。首相が働きかけを強めるのは当然と言える。
 一方で自民党派閥の裏金事件で低迷する内閣支持率を挽回する狙いも、岸田首相にはあるだろう。与正氏は「日本側が拉致問題に没頭するなら、岸田首相の構想は人気集めに過ぎない」とし、それを見透かしている。
 とはいえ、北朝鮮も日本との交渉進展を強く望んでいるのは間違いない。昨年、岸田首相が日朝首脳会談の実現に向け「ハイレベルで協議を行う」と表明して以降、与正氏が岸田首相訪朝に前向きな談話を出し、金総書記は能登半島地震に見舞いの電報を発するなど秋波を送ってきた。
 北朝鮮はコロナ禍からの経済回復の遅れや食料事情の逼迫[ひっぱく]が言われている。後ろ盾の中国は米国との対立や経済悪化が深刻で、ロシアもウクライナ侵攻が泥沼化している。北朝鮮が先行きを懸念するのも無理はない。11月の米大統領選でのトランプ氏返り咲きを見据え、安倍晋三元首相のように米朝交渉に横やりを入れられないようにする思惑があるとも言われる。
 与正氏は接触拒否を表明した談話で「朝日首脳会談は関心事ではない」と強がったが、交渉の主導権を握りたい意図が透ける。日本政府は冷静に対応して譲歩を引き出し、会談を実現してほしい。

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