医療関係者のなかで絶大な信頼を誇る義肢製作所が静岡にも
カメラマンの望月やすこさんに、取材中に出合った身近にあるけど、「へ〜〜」な求人情報を紹介してもらう本企画。今回は、愛知県に本社がある義手や義足などの製造会社で、静岡市にも営業所がある、株式会社松本義肢製作所さんをご紹介いただきました。
望月さん:今回ご紹介するのは、少し珍しい会社で義手や義足などを製作する会社です。東京パラリンピックで活躍した、走り幅跳びの山本篤選手(掛川出身)の義足を調整をしたり、ボッチャ個人で金メダルをとった、杉村英孝選手(伊東市出身)の車椅子も調整しました。
創立なんと116年! 創業者の松本豊治さんは明治31年、17歳のときに病で自身の右足を切断。それを機に自分の義足の研究に没頭したのが始まりだそうです。実は整形外科医の世界では有名な存在で、地元の医療関係者の中で絶大な信頼を誇ります。 今回は、静岡店所長で義肢装具士の山田高裕さんにお話をうかがってきました。
まず主な利用者は、静岡医療センターや静岡こども病院に通うお子さん。取材依頼に行ったとき、ちょうど車椅子の人がメンテナンスをしていました。「車椅子って、普通に売ってるものにただ乗るだけじゃだめなの?」って思ったので聞いてみたんです。
山田さんの答えは、「そもそも子どもなら体が成長するし、車椅子のタイヤを動かすのに片手しか使えない子もいれば、ハンドルは握れるけど握力が弱くて時間がかかる子、胸まで固定された状態を作ってあげないと車椅子に乗れない子など、さまざまなパターンがある。学校に行ったときの机との相性、車椅子を押す大人が押しやすいような形、もちろんピンクにしたい、花柄にしたいなど、デザインの希望もあるじゃないですか。だからオーダーメイドで調整も必要なんです。」
原口アナ:確かに! 既製品ではなく、障がいは人それぞれなので、その人にいちばん適した形の車椅子をほぼオーダーメイドで作られているということなんですね!
望月さん:ずいぶん細かい技術なんだなと感じました。今回は特別に「義手と義指」を見せてもらったんです。
原口アナ:すごいですね! 本物の手と義手が並べられているのですが、違いがまったくわからないです。
望月さん:そうなんです、不謹慎かもしれませんがミーハーな気持ちで思わず「ホンモノそっくり!」と叫んでしまいました。
原口アナ:爪やシワの部分なんて特に。
望月さん:手の経年劣化による色素沈着のシミや血管の浮き出ている感じなど、本当にそのままですよね。ちなみに、お値段は指1本が5万円くらい。山田さんいわく、見た目を上げると強度と機能性が下がるので、使い勝手を重視する場合は、ピーターパンにでてくるフック船長みたいなフックを腕につけかえるそう。両方を併せ持つ技術はまだ難しいみたいですね。
最近は、「筋電電動義手」というコンピューターの義手もあるそうです。脳が手を動かそうとすると、脳から微弱な電気が筋肉に流れます。その筋肉をコンピューター義手がとらえて、無意識の「手を動かそうとする力」で先端の義手を動かすことができるんです。すごい未来を感じますよね!
原口アナ:「手を動かせ」という脳波をキャッチして動かすということなんですね。
望月さん:その流れで「義足」も見せてもらったのですが、パラリンピックで山本選手が装着していた黒い「くの字」の義足は「スポーツ用義足」で、通称「板バネ」と呼ばれているカーボンファイバーという素材でできています。それとは別に生活用の義足も見せてもらったら、これがけっこう重いんです! でも、実際の足はもっと重いですよと言われて……そういえば自分の足の重さを知らない!と思いました。
原口アナ:自分で自分の足を持つことはないですし、持ち上げるときは自分の筋肉で持ち上げるわけですから、重さなんてわかりませんよね。
望月さん:ところで、太ももの切断面と義足はどうやって繋ぐと思います? 足にネジ穴を開けるわけにはいかないですよね。ここでは1つの方法をご紹介します。お椀みたいな「義足ソケット」に太ももを入れたら、ソケットの底についている空気穴を開いて空気を逃がします。そうすると「密閉」されるから、太ももが義足に吸着して足が自由に動かせて、取れにくくなるらしいんです。水筒の底を洗おうと手を突っ込んだら抜けなくなった、あの感じ!
これも値段を聞いたのですが……言えないけど、思ってたより2ケタ高かった……。 でも「自分の足にいくら出す?」っていわれたら、値段つけられないですよね。山田さんに「この値段なら儲かるのでは?」と聞いたら、「ホントのところ儲からない」らしいですよ。でも、松本義肢のスタッフさんはみんな、利用者の喜ぶ顔が何より嬉しくてやってるんだと、澄んだ真っ直ぐな目でおっしゃっていました。
義肢義足の技術を生かしたオーダーメイドの中敷き
望月さん:それだけ利用者のことをいろいろ考えている松本義肢製作所の静岡店は、実は同じ場所で「靴工房」もやっているんです。ずらっと靴が並んでいて、外観的には完全に靴屋さんですね。この「靴工房」は、松本義肢製作所の義肢義足の技術を生かした靴屋さんで、国家資格の「義肢装具士」の資格を持ったスタッフが、外反母趾や扁平足で困っている人の靴を提供してくれるそうです。原口アナ:外反母趾や扁平足の悩みのある人はその痛みはもちろん、そこから足の痛みや腰の痛みに変わる人もいますからね。
望月さん:その人にあわせて中敷きを作ってくれるんですが、オーダーメイドで12000円~なので、思わず「高い!」って言ってしまったんです。そうしたら、靴工房スタッフで「模型装具製作者」の秋山さんが、今まで5分しか歩けなかったけど、膝の痛みが軽減して30分歩けるようになった人もいると。運動する選手はインソールと呼んでますが、試合のパフォーマンスをあげるために使っている人もいて、プロの野球選手やバスケットボール選手、ランナーなどにも制作されているそうです。それを聞くと、この価格も納得しました。
原口アナ:ケガをなくす、減らすという意味でも、今ケガをして歩けない人の痛みを緩和する、という意味でも中敷きは大事ですね。
望月さん:スタッフの秋山さんが、「日本人は、外でしか靴を履かない文化だから、寝る時以外は靴を履くような国に比べると、靴に対する意識が薄いのではないか。もともと下駄の文化でちょっとつっかけるっていうくらいの、歩くのに汚れなくて痛くなければいいくらいの気持ちなんじゃないか。もっと靴を大事にしてほしい」とおっしゃっていて、なるほどなあと思いました。
原口アナ:確かに、私も含め見栄えがよければいいやと思っている人が多いですね。
望月さん:これから先の自分のために、ちゃんとした靴をはかないとダメだなと思いました!
原口アナ:自分の足の一部と考えれば、クッション性のあるケガしにくいものを買った方がいいですよね。
望月さん:そんな「株式会社 松本義肢製作所」では、毎年新卒採用をしています。「しあわせをかたちにする人と技術の会社です」という美しい心が理念なので、そういう人にぜひ応募してほしいと思います。
原口アナ:パラリンピックを観戦するなかで、選手と義足・義手を作る人との共同作業で出場されているんだなと強く思いました。アスリートだけでなく、普段義手・義足を使われている人も実際に二人三脚でやっているわけですから、そういう人たちの気持ちがわかった気がします。
今回、お話をうかがったのは……望月やすこさん
静岡県内を中心に子どもの撮影や取材撮影をするフリーカメラマン。撮影歴は25年。著書「子連れのタダビバ」シリーズ(静岡新聞社)や、朝日新聞エムスタ「望月やすこの#撮りテク」連載などの執筆から、テレビ・ラジオの出演など様々なメディアで活躍。