(SBSラジオ・ゴゴボラケのコーナー「3時のドリル」 2025年9月30日放送)

(山田)僕も見ました。2025年の映画を語るとき、絶対に外せない作品になるでしょうね。
(川内)6月6日の公開から9月23日までの110日間で、興行収入は150億円、観客動員数は1千万人を超えたというのもうなづけます。来年3月に受賞作が決まる、米アカデミー賞国際長編映画賞部門の日本代表にも決まりました。この映画の魅力については6月25日のこのコーナーで橋爪充論説委員がたっぷり語ったので、今日は歌舞伎や文楽、能などを愛するはしくれとして、歌舞伎ファンの拡大にとどまらない技継承への波及など、
「国宝」効果の広がりへの期待をお話ししたいと思います。この思いは静岡新聞の9月15日付「想考」欄のコラムでも書かせてもらいました。
(山田)既にいろんな動きがあるようですね。
(川内)歌舞伎への関心が高まり、公演のチケット売り上げも伸びています。東京・歌舞伎座では7月に入って席の9割が埋まる「大入り日」が続出し、8、9月と完売する公演が相次いでいるとのことです。
伝統芸能の担い手の養成
(川内)歌舞伎俳優というと、梨園の出身者、いわゆる「家の子」を思い浮かべるかもしれませんが、一般家庭の出身者もたくさんいます。一般家庭から歌舞伎俳優になるために大きな役割を果たしているのが、国立劇場養成所。4月現在、歌舞伎俳優293人の約3割はこの養成所の研修の修了者です。一般家庭から歌舞伎俳優になるにはこのほか、「部屋子」(へやご)として格式のある俳優の楽屋に預けられるなどの道があり、女形の人間国宝の板東玉三郎さんやテレビでも活躍する片岡愛之助さん、「国宝」の主人公・喜久雄もこのパターンです。(山田)養成所があるとは知らなかった。
(川内)その国立芸場養成所の歌舞伎俳優の研修ですが、2025年度からの研修(2年間)の応募者はわずか2人。近年最多だった2007年度の26人に比べ激減しました。養成所が開講する他の分野の研修への応募も減少傾向で、修了者が約6割を占める文楽では演者の高齢化が進んでいます。
(山田)2人とは驚き。減り方がすごい。
(川内)事業を行う独立行政法人の日本芸術文化振興会は昨年、各分野の養成事業を横断的に所轄する部署を新設し、応募者の掘り起こしに努めています。研修応募を検討する人への「研修見学会」なども実施しています。しかし、昨年末の全国調査では、伝統芸能に関心がある層でも養成所を知っているのは28・5%にとどまりました。歌舞伎や文楽、能など9分野があり、未経験からでも始められることをアピールし、発信力強化にさらに知恵を絞ってほしいです。
(山田)振興会も一生懸命やっているんですね。
研修生応募の状況に注目

(山田)えっ、そうなんですか。映画「国宝」を見て「自分もやってみたい」という人が増えるのではないでしょうか。
(川内)過去の応募状況を見ると、大名跡の襲名など「時の話題」の影響もうかがえます。「国宝」の上映が始まった6月以降、入所に関する問い合わせが増えているということなので、今年はどれだけ多くの若者が門を叩いてくれるか注目したいと思います。
(山田)本当に楽しみ。
(川内)さて、どうなりますか。
(山田)映画を見て実感しますが、本当に厳しい世界です。
(川内)芸の道ですからね。国立劇場養成所では、ベテランが基礎から教えてくれます。そこから技を磨き、確固たる地位を築いていった修了者もいます。歌舞伎で義太夫節を演奏する「竹本」の分野では人間国宝も生まれています。
国立劇場の再開場、後押しも期待
(川内)「国宝」効果で、私がもう一つ大きな期待を寄せているのが、2023年10月に老朽化で閉場した東京・国立劇場の再整備事業の進展です。私が文楽のすごさを初めて知った場所でもあります。当初は2029年度末に再開場する予定でしたが、建て替え工事の入札が資材高騰などのため2度にわたって不調に終わり、舞踊など関係団体からの6万5千筆の署名提出など早期の再開場を求める声が高まっています。公演の場であることはもちろん、先ほど話した養成事業も行っている「日本の伝統芸能の聖地」です。(山田)そんなすごい場所なんだ。
(川内)閉場の間、公演や歌舞伎演者の養成事業は別の会場で続けられていますが、回り舞台など舞台装置の制約や回数の減少もあります。芸事の世界は「百の稽古より、一の本番」といわれます。閉場が長期化するリスクの大きさは計り知れません。文化庁のプロジェクトチームは先週、整備計画を見直して2033年度に再開場することを目指すと明らかにしました。しかし、今までの流れを見れば、予断を許しません。
(山田)不便を強いられているし、演者たちのモチベーションへの影響も大きい。
(川内)まさにその通り。国を代表する「ナショナルシアター」が閉まったままでいることが、世界に対してもいかに恥ずかしいことか知ってほしいです。「国宝」効果による伝統芸能の盛り上がりが、計画を確実に推進する後押し、パワーになれば思います。
(山田)少しでも早く再開場してほしい。
話題の公演が目白押し

(川内)先ほど話したように明日から養成所の研修生募集が始まりますが、歌舞伎座では「錦秋十月大歌舞伎」として三大名作の一つでロマンとスリルにあふれた超大作「義経千本桜」が開幕します。1日の第1部から3部までを使っての通し上演。「吉野山」や「川連法眼館」(かわつらほうげんやかた)など見どころを分けて上演することの多い義経千本桜を「通し」でやるのは見応え十分で、「通し」上演に積極的な国立劇場が閉場していることを考えてもありがたいです。そして、「市川團十郎特別公演」も10月1日に福岡の博多座で開幕し、京都・南座へと続きます。演目には映画「国宝」でも見せ場となった「二人藤娘」(ににんふじむすめ)もあります。どちらも盛況は間違いないでしょう。
(山田)喜久雄と俊介が2人で踊った舞台ですね。よく覚えています。
(川内)静岡県内では11月8日に静岡市のグランシップで文楽公演があります。「夕の部」では「国宝」でも重要な役割を担う「曽根崎心中」が演じられます。元々は近松門左衛門による文楽の演目。文楽が最初という歌舞伎の演目はたくさんあります。
(山田)「曽根崎心中」の場面もとても印象的でした。
(川内)先週からは、板東玉三郎さんと市川染五郎さんが主演のシネマ歌舞伎の新作「源氏物語~六条御息所の巻」(ろくじょうみやすどころのまき)の公開が始まり、県内でも上映されています。歌舞伎の地方公演は、公文協(全国公立文化施設協会)主催などがあり、中村勘九郎さん、七之助さん兄弟も力を入れています。地方のファン拡大は、地方公演を増やすことにもつながります。歌舞伎座など大都市の公演でも「一幕見席(ひとまくみせき)」という千円~2千円程度で見られるチケットもあります。決して敷居は高くありません。ぜひ、足を運んでいただければと思います。
(山田)「国宝」効果の広がりは本当に注目大ですね。私も歌舞伎や文楽など生の舞台を見に劇場に足を運んでみたくなりました。今日の勉強はこれでおしまい!