​【パオラ・コルテッレージ監督「ドマーニ!愛のことづて」】 2023年イタリア興収第1位。全ては不意打ちのラスト5分のために。80年前の日本と見事な相似形

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリーで4月11日から上映中のパオラ・コルテッレージ監督「ドマーニ!愛のことづて」を題材に。

準備ができないまま不意打ちを食らうように迎えたラストシーンに、落涙してしまった。心の底から感動した。幸せそうだったあの場面も、目を背けたくなるようなあの瞬間も、聞き逃しそうなあの会話も、全てがこのラスト5分のために奉仕していたんだと、はっきり気づかされた。

イタリアの国民的コメディエンヌ、パオラ・コルテッレージの初監督作品。主演もコルテッレージが務める。どこかロベルト・ベニーニ監督・脚本・主演の名作「ライフ・イズ・ビューティフル」に通じるものがある。「バービー」「オッペンハイマー」を押しのけて、2023年のイタリア国内興行収入ランキング第1位だったという。見終わった後ならはっきり、それが理解できる。

戦後80年を迎えた今年、ここ日本でこの映画に接する意義も感じた。2023年のイタリア映画だが、舞台は1946年5月のローマ。第2次大戦の敗戦国の終戦直後、というシチュエーションを、同じ年の東京に重ねることができる。進駐する米軍の兵士、新しい国づくり…。これは80年前の日本の相似形ではないか。この人たちがあって自分たちがある。劇中のイタリアの女性たちの姿は、2025年を生きる男性の筆者の心を強く揺さぶった。

主人公デリア(コルテッレージ)は夫イヴァーノ、義父、子ども3人と半地下の家で暮らしている。妻を命令口調で扱う夫のDVがひどい。夫の父は寝たきりだが介護するのはデリアだ。男性が女性を抑圧する家庭の構造が、当然のように受け止められている。娘のマルチェッラはそんな母の生き方が不満。戦後の混乱で成り上がった一家の息子ジュリオからプロポーズされ、貧困からの脱出が現実のものになりつつある。そんな折、デリア宛てに一通の手紙が…。

半地下の家は、描かれた時代も国も異なるがポン・ジュノ監督「パラサイト  半地下の家族」を思わせる。冒頭場面で道を行く犬がデリアの家の窓(半地下だから高い位置にある)の外で放尿する場面があり、「パラサイト  半地下の家族」の同じ場面をよみがえらせる(あちらは人間の放尿だったが)。固定された社会階層や格差の中で「変革」に希望を見いだす主人公、という設定は2作の共通点かもしれない。

「ドマーニ!愛のことづて」が素晴らしいのは、「変革のための武器が何か」を最後の最後まで明かさないところだ。ただ、映画全体を振り返ってみれば、におわされてはいた。だが気づかない。気づけない。いまさらながら自覚したこの「鈍感」こそ、大げさに言えば戦後80年という時の流れそのものだ。

なぜ自分は生きていられるのか、が問われる。若い世代に是非見てほしい作品である。

(は)

<DATA>※県内の上映館。4月20日時点
金星シネマ(伊東市、5月28日~)
静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区、4月24日まで)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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