
米軍の捕虜拷問を取り上げた「『闇』へ」が2008年の第80回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞に選ばれた映画監督、プロデューサーのアレックス・ギブニーさんが製作総指揮を務め、ローリング・ストーンズのメンバーとの関わりで知られるアニタ・パレンバーグの人生を描いたドキュメンタリー「アニタ 反逆の女神」のアレクシス・ブルーム監督が手がけた本作は、現在まで通算18年にわたってその職にあるイスラエル首相のベンヤミン・ネタニヤフ氏の素顔をあぶり出す。
2023年10月以降、パレスチナ自治区ガザに破滅的な攻撃を繰り返すネタニヤフ政権の根っこにある、ネタニヤフ氏個人のすさまじい権力欲と現在の地位への執着に寒気がする。グロテスクな描写が続く作品を「胸クソ映画」と言う人がいるが、個人的には「ネタニヤフ調書」もその一つだと感じた。
スプラッター的な描写はないが、現実のガザでは7万人超が死亡し、10月10日の停戦合意後もイスラエルの攻撃が続いている。イスラエルがガザのみならずレバノン、イラン、シリアといった隣国に対して、手当たり次第に攻撃を仕掛ける理由の一端が見えてきた。ネタニヤフ氏の個人的な事情が、こうした闇雲な殺戮につながっていることは否定できない。
映画は製作チームにリークされた未公開の警察尋問映像を中心に展開する。ネタニヤフ氏は贈収賄、詐欺、背任の嫌疑がかけられている。正式な捜査は2016年に始まった。尋問に訪れた4人の警察官に対し「記憶にない」を連発するネタニヤフ氏の姿は傲岸不遜そのものだが、核心を突く追及に対して机をたたきながら声を荒げる一幕もある。
「友を近くに置け、敵はもっと近くに置け」。ネタニヤフ氏が映画「ゴッドファーザーPART2」にも出てくる孫子の兵法を引用する場面にはびっくりさせられる。映画の製作者たちは、過去にネタニヤフ氏がカタールを通じてハマスに資金援助していたとする。ヨルダン川西岸のファタハとの分断が目的だったという。
「敵はもっと近くに」との格言どおり、ネタニヤフ氏はかつての敵と組むこともいとわない。政権の一翼を担う極右勢力顔ぶれの醜悪な発言は目を覆うばかりだ。「宗教シオニズム」党首でもあるスモトリッチ財務相は公の場で「パレスチナ人は存在しない」と口にする。イタマル・ベングヴィル国家安全保障相は、ヨルダン川西岸の入植者のパレスチナ人への暴行を下支えする。この作品で見る限り、彼らはまぎれもなく暴力を肯定する人種差別主義者である。こんな人たちが閣僚なのか。
2019年、ネタニヤフ氏は三つの事件で起訴されている。ガザでの戦争の最高責任者は本来「裁かれるべき人」である。国家緊急事態を理由に裁判は延期されている。映画は、ネタニヤフ氏が汚職の罪から逃げるために戦争を利用していると指摘する。
要するに、戦闘をやめると自分がしょっ引かれるからやめられないのだ。保身のためには、常にどこかの国や人種と戦っている必要があるのだろう。「戦争も権力維持の道具になった」「全国民が人質だ」。証言映像に出てくるイスラエルのジャーナリストの言葉が重い。
(は)
<DATA>※県内の上映館。12月15日時点
静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区、12月18日まで)
シネマイーラ(浜松市中央区。12月26日から)






































































