​【バーセル・アドラー、ユヴァル・アブラハーム、ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール共同監督「ノー・アザー・ランド 故郷は他にない」】 ヨルダン川西岸の人権侵害をのぞき込む“大きなレンズ”

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市葵区の静岡シネ・ギャラリーほかで上映のバーセル・アドラー、ユヴァル・アブラハーム、ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール共同監督「ノー・アザー・ランド 故郷は他にない」を題材に。第97回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞した。

イスラエルによる攻撃が続くパレスチナ自治区ガザ。多くが廃虚と化したパレスチナ人居住区の上から爆弾を落とす軍の所業には、「虐殺」という言葉以外出てこない。

パレスチナ人へのイスラエルの抑圧はヨルダン川西岸地区でも続く。本作で頻出するのはブルドーザーが家屋を破壊する場面だ。銃を持ったイスラエルの兵士が周辺ににらみを利かせる。井戸にコンクリートを流し込み、水道管をチェーンソーで断ち切る。

「なぜ家を奪うの?」「行く場所はほかにない」「恥を知れ」

パレスチナ人の悲痛な叫びが耳に残る。

イスラエル人はパレスチナ人の土地を収奪し、軍の訓練地や入植地にしていく。映画パンフレットによると1993年のオスロ合意では、最終的な国境について将来のパレスチナ国家とイスラエルが交渉することになっている。だがイスラエルは交渉に臨む前に、実力行使でパレスチナ人を伝来の地から追い出している。

2019年夏から2023年秋までのヨルダン川西岸地区南部の村「マサーフェル・ヤッタ」での、パレスチナ人たちの苦難を描く。1軒、また1軒と家屋が破壊される。家畜の小屋も倒され、羊や鶏が右往左往する。人間と哺乳動物、鳥類の「慟哭」が交錯する。

本作はパレスチナ人とイスラエル人の男女4人が共同監督としてクレジットされている。生年が明かされている3人は、同じ1996年生まれ。パレスチナ人2人はイスラエルの非道と戦い、イスラエル人2人は彼らを「裏切り者」扱いする世間の目と戦っている。ここには二つの戦いがある。

印象に残るのがイスラエル人ユヴァルに投げかけるパレスチナ人ハムダーンの、とげとげしい言葉だ(彼らは「ディベート」と言っていた)。村人にとってのかけがえのない存在だった小学校を、イスラエル軍に破壊された。

「この状況でずっと友達でいられるだろうか。再建して壊されて、また再建。こっちは絶望しかない」

はっとさせられた。人種を超えた共同監督4人が、どうしてこの作品を撮っているのか。特にパレスチナ人のアドラー、ハムダーンは監督である以前に当事者としてイスラエルから迫害を受けている立場だ。

本作は単なる「映画」ではない。ヨルダン川西岸地区の人権侵害の現状を世界中の人がのぞき込めるようかざされた“大きなレンズ”だ。4人がグッと手を伸ばして支えたレンズが、上からのぞき込む人たちのために、焦点を合わせる。

支える力の源泉が友情だけなら、レンズはきっと傾いていただろう。使命感や理不尽への怒りがレンズを支える手にみなぎっていたからこそ、レンズは水平を保ち、焦点は変わらなかった。問題がクリアに映し出された。

この作品が心を打つのは、前途がある若い世代が、絶望の沼で独りごちるのではなく、それぞれの立場を超えて共通の目的のために気持ちを一つにしている点だろう。

「あんたはどう見えた?」。4人からの問いかけが重い。あしたから何をしよう。

(は)

<DATA>※県内の上映館。3月27日時点
静岡シネ・ギャラリー(静岡市葵区、4月3日まで)
シネマイーラ(浜松市中央区、4月11日~) 

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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