年に1度の運航で乗船券は即完売!2泊3日で日本最後の秘境“トカラ列島”の全有人島に寄港する『レントゲン船』に乗って見えるもの
人によって「レントゲン便」と呼んだりもするこの船の正式名称は『住民健診便』。年に1回だけ鹿児島県の十島村が村内に住む島民の健康診断を行うために検診車を載せて運航する村営定期船の特別便のことである。
毎年5月に運航されており、2024年は5月20日(月)から22日(水)にかけて鹿児島港から奄美大島の名瀬港まで運航された(※正式には23日に折り返し名瀬港から鹿児島港に戻るまでが住民健診便の扱いとなっている)。今回、この特別便に運良く乗船することができたので、離島巡りをライフワークとする身として、この記事を記す。
静岡県の横幅より長いトカラ列島
とは言っても、そもそも「十島村(としまむら)」の名前がピンと来ないという人が多いかもしれない。だが、自治体の名称は知らなくても「トカラ列島」の名であれば、聞き覚えがないだろうか。吐噶喇と書くより“トカラ”の方が一般的になっているこの列島は、鹿児島県の屋久島と奄美大島の間に浮かぶ7つの有人島と5つの無人島からなる島嶼群で、十島村はこの島々で構成される自治体だ。その長さはなんと南北におよそ160km。“静岡大陸”などと揶揄される東西に長い静岡県の横幅よりさらに長い。
トカラの島々に下り立つことができるのは週2便のフェリーのみ
このトカラ列島の有人7島に赴くためには「鹿児島ートカラ列島ー奄美大島」の間に就航している基本週2便の村営船「フェリーとしま2」に乗るほかない(※諏訪之瀬島はセスナ機が運行している)。運航スケジュールは23時に鹿児島港を出港し、トカラ列島の玄関口となる口之島に到着するのが翌朝5時、最後の宝島に到着するのは出発から12時30分後の午前11時半といった具合だ。さらにこのフェリー、天候の影響で欠航することも多く、出航したとしても定刻通りに運航しなかったり、抜港することもある。トカラ列島はそんなアクセスの場所にある、まさに“国内最後の秘境”とも言える地なのだ。しかしそれゆえに、手つかずの自然や独特の文化が残されており、離島好きや旅好きにとっては憧れの地になっている。
一度に全ての島に上陸できるのがレントゲン船
通常の定期船に乗船すると、前述の通り週2往復の運航なので、予定通りの運航がなされたとしても、訪れることができるのは1週間で2〜3島だけとなる。静岡県の企業に勤務する会社員にはなかなか厳しいスケジュールだ。さらに僻地の離島あるあるだが、いざ日程の調整が付いたとしても民宿が工事関係者などで埋まっていて宿が確保できないというケースもあり、実際、過去にトカラ列島を訪れた際も、宿泊したかった島の宿が1つも空いておらず、目的地を別の島に変えたことがある。しかし、住民の健康診断を行うための特別便である「レントゲン船」は通常とは運航スケジュールが異なる。各島に1~2時間程度寄港し、一時下船も認められているため、1度の乗船で7つの有人島全てに下り立つことができるのだ。
レントゲン船の予約は電話のみの受付
ただ、このレントゲン船、そう簡単に乗れるものではない。船には本来の目的である島民の健康診断の関係者が大勢乗船するので、通常よりも一般乗客の乗船枠は大幅に少ない。そして、当然そういった特別な船なので、全国からこの船に乗りたいという様々な界隈の愛好家が殺到する。休暇をレントゲン船の運航スケジュールに合わせて取れたとしても、まずは電話予約による席の争奪戦を制さなければならないのだ。村営定期船の予約は乗船月の前月15日(日祝の場合は翌営業日)の午前8時30分からとなるので、通常であれば4月15日が予約開始日となるのだが、2024年は前年12月に発生した火災事故の影響で5月の運航スケジュールの公開が遅れ、23日からの予約開始となった。
携帯電話の発信履歴がカンスト
23日の朝8時30分からひたすら電話をかけ続けて、つながったのは9時45分頃。実に1時間15分コールをし続けたわけだが、気付いた時には発信履歴が500のままカウントが進まなくなった。これまでこんなに連続で電話をかけ続けたことはなかったので、この端末の電話アプリのカウンターに上限があることも初めて知った。そんなわけで正確な架電数は不明だが、550回ほどだったのではと思われる。もちろん、この日に予約の電話をしているのはレントゲン船が目当ての人ばかりではなかったろうが、基本的には満席になるような航路でもないし、通常便は1等室以外はWEB予約も可能なので、多くがレントゲン船目当ての電話だったのだと思われる。関係者によると午前中には満席になってしまったということだった。
船の出港可否は当日朝に判明
フェリーとしま2の出港可否の判断は出港日の朝となっている。無事に席の予約ができても、実際に船の就航が決定するまでドキドキしながら待たねばならないのは離島巡りの常である。冬場のように海が荒れず台風のリスクも小さい5月とは言え、欠航や抜港の可能性は十分にある。もちろん降雨があるかどうかも限られた時間で島を巡る上では大いに気になるところであり、毎日のように天気予報と海況予測をチェックしていた。最終的に出港前日には波の高さの予測を見て、通常運航を確信していたのだが、やはりそんなに甘いものではなかった。
トカラ行きのフェリーの乗船券を待合所で購入
レントゲン船の出港時間は通常便と同じく23時なので当日は別の予定に時間に割くこともできるのだが、事前予約者の乗船受付は21時までとなっているので(乗船開始も21時)、それまでに窓口で乗船券を購入する必要がある。窓口が開いているのは朝9時からの予定なので、早めに購入してしまえば、出港直前まで清々と鹿児島観光を楽しむことができるのだ。そんなわけで、窓口が開く朝9時にフェリーの停泊している鹿児島港のとしま旅客待合所に赴いたのだが、9時を過ぎても窓口が開く様子がない。同様に朝イチでチケットを購入しようという同好の士が何人かいたが、なぜシャッターが閉じたままなのだろうとみな不安げであった。よく見ると窓口のオープンは出航決定後となっていて、結局9時半頃に受付が開始された。
レントゲン船2泊3日の旅はたったの12170円
無事に予約している旨を伝えて乗船券を購入。フェリーとしま2の旅客運賃は「一等」「指定寝台」「二等」の3つがあるのだが、鹿児島港から奄美大島名瀬港までの片道運賃は二等料金で12170円。レントゲン船は通常の運航スケジュールよりも1日長い2泊3日で運航するが、金額は通常便と変わらない。12170円で2泊3日の旅ができると思うと、相当に割安だと感じられる。ちなみに「一等」は2名定員の個室、「二等」はいわゆる雑魚寝スタイルの部屋、「指定寝台」は2段式でカーテンがついた個別のスペースがあり二等料金に4000円追加となる。一等と二等寝台は健康診断等の関係者専用ということで、予約する時点では取ることができなかったが、二等寝台は当日空きがあれば二等から変更することができたようである。
海の荒れで運航スケジュールの変更が決定
こうして後は船に乗るだけとなり、鹿児島観光を乗船まで楽しんだわけだが、2024年のレントゲン船には大きなスケジュール変更が。本来であれば21日は口之島→中之島→諏訪之瀬島→平島に寄港して悪石島で1泊し、翌日22日に悪石島→宝島→小宝島とめぐる予定だったものを、平島のあと宝島に向かわず小宝島に向かうというのである。22日に海が荒れることが予想される中、トカラの有人島で最小の小宝島は接岸できないケースが多いため、1日前倒しして21日に先に回ってしまおうという判断であろう。小宝島は人の乗り降りはできたとしても、波が荒いと“ランプウェイ使用制限”、つまり車を島に下ろすことができなくなるケースもある。レントゲン船は健診車などを港に出し入れする必要があるから、ことさらに22日のリスクを避ける必要があったのだと思われる。
小宝島の寄港を1日前倒しするイレギュラー運航に
というわけで、トカラ列島の中でも最も訪問しずらい小宝島に、ほぼ確実に上陸できることが決まったという意味では安堵感もあった。最悪なのは島に下り立ったは良いが、そのまま島から出れなくなることで、リスクを考えるとどうしても他の島の訪問が優先になる。以前に帰りの船に抜港され4日間小宝島に滞在したという人から話を聞いたことがあるが、歩いて30分もあれば島を1周できてしまう小さな島なので、さすが島が好きとは言え何もすることがなくなった…と言っていた。その意味でいえば、小宝島に上陸したその船に1時間後には確実に再乗船できるという一点だけにおいても、レントゲン船には十分に乗船する価値があると言える。
いよいよ乗船!スーツ姿の乗客に驚き
フェリーとしま2には有料のシャワー室もあるのだが、満席の状況を考えれば混雑も想定されるし、せっかく温泉の宝庫である鹿児島県に来ているということもある。乗船前にさっぱり汗を流そうと温泉に入るなどして鹿児島観光を堪能し、乗船開始時刻の21時頃に鹿児島港に戻ると、フェリー周辺は人だかりであった。明らかに観光客ではないスーツ姿の乗客も多く、健康診断の関係者も含め、観光客よりも仕事で来ていると思しき乗客の方が目立っていた位である。
ついにレントゲン船に初乗船
これまでとは違う乗船開始前の雰囲気に興奮しながら、21時過ぎにフェリーとしま2に乗船。ほぼ満席であるため船内も人だらけで、キャリーケースの様な大荷物を抱えた乗客が多いのも通常便とは異なるところであったように思う。そんなわけで大量の乗客を積んでいるため船内は騒がしく、消灯時間まで喧騒が続いていたが、翌日最初の寄港地口之島への到着時間は午前5時。関係者は事前の準備などもあるのであろうから、旅行客と比べたらさらに早い時間に起床せねばならぬのだろう。出港直後に消灯時間が来ると、すぐに船内は静まり返った。
海は穏やか。安定した航行でトカラの玄関口に
波はかなり穏やかであったため、割としっかりと寝ることができた。以前に本当にこの天候で船が出るのか…というような海況でトカラに向かったことがあったが、その際は余りの揺れで自然に寝返りする位の勢いだったので、就寝時はもちろん、日中の航行中も横になっていないと気持悪くて何もできなかった。外海を行く離島航路ではそういうケースもある中、ほぼ船体に動揺がなくトカラ列島の玄関口まで来れたことは幸運なことである。
フェリー内も島民の健診会場に
午前4時40分頃に起床して船内を歩き回ってみて驚いたのが、二等客室の一部を使用して設けられた骨粗しょう症の健診会場だ。健診車だけでなくフェリーとしま2の船内も健診会場の1つになっているのである。当然ながらこのスペースの分も乗客の数が制限されるということになる。フェリーとしま2の旅客定員は300名弱であるが、レントゲン船に乗っていた一般の観光客はその3分の1にも満たない数だったのではないかと思う。
レントゲン船ならではの“一時下船”
海が穏やかだったこともあり、口之島にはほぼ定刻の午前5時5分頃に入港。レントゲン船への乗船は初めてだったので、下船の際の船内アナウンスで一時下船のシステムを知ることになった。一旦、船を下りて再び乗船する乗客は、1階の案内所にある名簿に自分で氏名を記入して下船し、船に戻ったらチェックを入れるという形になっている。特に乗船券などのチェックもなく、これだけで簡単に船を乗降することができる。名簿の脇には出港予定時刻が掲示されていて、10分前までに船に戻るようにとの指示だ。
口之島1.「早朝から始まる健康診断」
この日の日の出時刻は5時半前。口之島はまだ暗い状態であったが、健康診断を待っている島民たちがすでに港に並んでいた。よく考えれば朝5時から健康診断が行われるということ自体、異様な光景ではあるのだが、トカラ列島最初の寄港地である口之島への鹿児島からのフェリー到着時刻はいつもこの時間帯であり、島民にとっては当たり前に船を出迎える時間帯である。この健康診断の様子もせっかくレントゲン船に乗ったからには見ておきたかったのだが、離島好きとしてこの船に乗船している身。それよりも時間内にできる限り島内を巡りたいという気持ちが勝ったため、毎回、即座に下船してギリギリいっぱいまで島を見てまわるというスタイルをとり、結局健診車を目にすることは一度もなかった。
口之島2.「集落散策目的の乗客は意外と少ない?」
午前5時5分過ぎ、港にタラップがかけられ、一般の旅行客と見られる乗客が次々と下船し、実質1時間程度の一時下船がスタートした。しかし、これは意外だったのだが、思ったほど島の中心部に向かって歩いて行く人間が多くない。島好きといっても求めるものは人それぞれだし、集落まで距離があることや、レントゲン船に乗っている理由が船舶自体が好きという乗客や郵便局巡りである乗客が一定数いるためなのかと思われる。当然ながら午前5時台に口之島郵便局は開いていない。口之島の郵便局のある島の中心部までは片道2kmほどあるし、苦労して島の中心部まで行くのは割にあっていないと考えた人も多いのかもしれない。こちらはとにかく回れる限り集落の様子を見てまわりたかったので速足で歩き回ったが、口之島の中心部で見かけた他の乗客は10人程度であったように思う。
口之島3.「国や県の関係者もレントゲン船で各島を視察」
初のレントゲン船。ここで島民の健康診断でも観光目的ではないグループが一定数乗船し島を巡っていることに気付く。この一団はフェリーに積まれたレンタカー数台に分乗し、島内各所に立ち寄っている。実はこの集団は、十島村の職員から各所を案内されている国や鹿児島県の職員などであった。考えてみたら旅行者にとってはもちろんなのだが、各島に1~2時間程度滞在するレントゲン船は、トカラの島々を視察して回るにはこの上ない運航スケジュールなのである。
中之島1.「トカラ列島の中心的な島」
口之島の次は中之島だ。この島はトカラ列島の中で最も面積が大きく人口も多い。役場の支所も置かれ、歴史民俗資料館などの公共施設も設置されている十島村の中心的な役割を果たしている島と言える。ちなみにだが、十島村の役場は鹿児島港の近くにある。国内では島民の利便性等から役場本庁舎が行政区域内に無い町村が3つあり、十島村はその内の1つとなっている。中之島に到着したのは午前7時30分頃、予定より10分遅延したが、出港は予定通り午前9時10分で10分前には船に戻る必要があるので、島を散策できたのは1時間半程度であった。
中之島2.「『オーイ!とんぼ』の聖地巡礼!?」
トカラ列島の中でもこの中之島は今とてもホットな話題のある島だ。2024年4月から放送のアニメ『オーイ!とんぼ』の舞台モデルになっているのである(もちろん原作漫画でも舞台でもなっている)。作中では火之島という名称にこそなっているものの、登場する風景は中之島そのもので、取材協力に十島村役場もクレジットされている。無論、作中で登場するようなゴルフコースがあるわけではないが「中之島小中学校」や「東区温泉」「大喜旅館」「十島開発総合センター」「西之浜漁港」などが頻繁に登場。アニメの公式SNSアカウントも「#アニメ史上最もハードな聖地巡礼」などとして、いわゆる聖地巡礼を盛り上げようと様々な情報発信を行っている。鹿児島港の待合所にはキャラクターのパネルが設置されているし、フェリーの船内にもポスターが掲示されてる。
中之島3.「レントゲン船では時間が足りない」
中之島は集落こそ港からそこまで離れてはいないので粗方回ることができたが、90分間の滞在時間では残念ながら鹿児島県の天然記念物であるトカラ馬の牧場や十島開発総合センター、歴史民俗資料館などがある高尾高原エリアへの訪問は適わなかった。中之島には山頂からの眺めが素晴らしいトカラ列島の最高峰“御岳“や、島の南端にあるヤルセ灯台など、訪問できなかった絶景スポットがいくつもあり、最もレントゲン船の滞在時間だけでは物足りない島となった。ぜひ、通常便で再訪したいところだ。
諏訪之瀬島1.「フェリーが入港する港は島の東西に2つ」
中之島を出港して1時間10分後、レントゲン船は次の寄港地である諏訪之瀬島に到着。島の港は2ヵ所あり、基本的にはフェリーは東側にある切石港に接岸するらしいが、今回は西側にある元浦港への入港となった。ここ最近はこちらに入港するケースがよくあるとの話であった。出港時刻は定刻の11時35分で変わらない中、10分ディレイの10時20分頃の到着だったので、実質的な滞在時間は1時間程度。時間が限られる中、集落により近い元浦港に入港したのは運が良かったと言える。それでも役場の出張所や簡易郵便局のあるエリアまでは1.3kmほどあり、坂道を上っていかなければならないので、楽な道のりではない。
諏訪之瀬島2.「郵趣家にはうってつけのレントゲン船」
へとへとになりながら諏訪之瀬島簡易郵便局に到着すると、いわゆる旅行貯金で通帳の記帳を待っていると思われる乗客が列を作っていた。彼らがレントゲン船に乗船している一般乗客の中で一定数を占める郵便局めぐりの愛好家たちである。これら郵趣家の一部の間では高速観光船「ななしま2」をチャーターして平島から悪石島に先回りし、悪石島簡易郵便局の営業時間に間に合わせるといったことも行われている。僻地旅行を愛好する者としてこうした郵便局に心を惹かれる気持ちはとても頷けるのだが、こちらは島にある郵便局の雰囲気だけ確認ができれば良いという趣味嗜好なので、簡易郵便局で踵を返し、今度は集落の南側方面にあるヤマハリゾートの開発の名残を見学に向かった。かつて諏訪之瀬島には「旅荘 吐火羅」というリゾートホテルがあり、このホテルの送迎用として飛行場も整備されていた。
諏訪之瀬島3.「リゾート開発の名残も」
「旅荘 吐火羅」は廃墟と化しているが、飛行場は現在、諏訪之瀬島場外離着陸場として十島村が管理しており、新日本航空が鹿児島空港からセスナ機を運航している。片道60,000円(島民は10,800円)と決して安い料金ではないが、一般観光客がトカラで唯一空路で入島することを可能にしている貴重なインフラだ。そのまま南側をぐるっとまわって元浦港に戻り、時間は出港10分前ギリギリ。3.5km程の歩行距離となり、この日歩いた距離は3島目にして13kmに達した。
平島1.「平とは名ばかりのきつい坂道」
レントゲン船が4島目に寄港したのは「平島」。トカラ列島の中央部に当たるこの島に到着したのは12時20分前。到着予定時刻は12時25分だったので、ここで初めてスケジュールが予定より前倒しになった。恐らくだがフェリーとしま2の運航スケジュールは、諏訪之瀬島については島の東側にある切石港に入港することを前提に組まれているのだと思う。出港予定時刻は定刻通りに13時50分だったので、島をめぐることができる時間は1時間20分強である。平島も諏訪之瀬島に続き港と集落が離れており、島の中心部にある平島小中学校までは2km程の距離がある。中心部に向かうには先ず港から続く長い坂道を上っていかなければならないが、持ち込んだ自転車で坂を上る乗客の姿も見られた。
平島2.「様々なレントゲン船の役割」
ひたすら坂道を上り、集落をくまなく歩いていると、消防団の倉庫前で消防器具の点検と思しき作業が行われていた。各島でこの光景を見かけていたが、考えてみたらこれもレントゲン船に乗ったスタッフによって実施をすれば、大変に効率が良い。健康診断の関係者や行政関係の視察以外にも、気付いていないだけでほかにも各島に立ち寄って様々な作業が行われているのかもしれない。
平島3.「樹齢1000年を超えるガジュマルの壮観な姿」
最後に島の観光スポットと言っていいだろう。樹齢1000年を超えるとされる「千年ガジュマル」を拝んだら、あとは港に向かって下っていくだけだ。この島もギリギリいっぱいまで歩き通し、移動距離は4km程に。気温も高く発汗も凄まじい。本来であれば次は悪石島に入港し1泊となる予定が、次は翌日から前倒しになった小宝島が待っている。2024年のレントゲン船の2日目は、本来より1島多く巡ることとなり、体力を要求される行程となった。
小宝島1.「トカラの有人島で最小の島に上陸」
平島から小宝島に到着したのは15時40分頃。ここからはすでに本来の運航スケジュールとは別物になっている。出港予定時刻は16時50分で、停泊時間自体は当初の予定である1時間10分が確保されていた。そうなると10分前に船に戻るとして、小宝島を巡ることができる時間はおよそ1時間となるが、トカラの有人島の中で最少の小宝島は他の島と違い、道に起伏も少なく、頑張れば島の大方の部分をレントゲン船の寄港時間で回ることができる島でもある。港で通船作業の様子を見ていると、小宝島が抜港されやすい理由がよく分かる。明らかに停泊しているフェリーの揺れが他の島の時より大きく、タラップの先端の部分も人が乗り降りする際にだけ下ろす様な対応になっていた。
小宝島2.「レントゲン船は温泉めぐりにも最適!?」
港から島の反対側の海辺まで歩くと湯泊温泉という露天風呂にたくさんの男性が浸かっていた。他の島もそうだが、火山でできたトカラ列島の島々は温泉の宝庫である。離島だけでなく、1年間で100ヵ所以上の温泉に入ったこともある程度に温泉巡りも趣味の1つとしている身としては、ぜひ入泉したいところであったが、限られた時間の中で湯に浸かるのは厳しい。他の島でも温泉はスルーしたので、温泉だけを巡るために再度レントゲン船に乗船したいとも思うところだ。
小宝島3.「小島であるがゆえにレントゲン船の恩恵が大きい」
無事に1時間で島をぐるっと1周。レントゲン船に乗らなければ相当先の訪問になっていたであろう小宝島を無事に巡ることができた上、他の島に比べると割合的に島の多くの部分を巡れたことから満足度は高い。そして16時50分、レントゲン船は小宝島から悪石島へ向けて北上を開始。下り便としては本来とは逆方向への航行であり「そんなことでもねェ限り、おれはこの海を逆走したりしねェよ」という言葉が思い浮かぶイレギュラーな航路である。
悪石島1.「“悪”を背負った島民たちが港で出迎え」
そして、小宝島を巡っている頃には翌日の寄港に変更になった宝島が、悪天候のため抜港されることが決定していた。つまり、悪石島が2024年のレントゲン船の最終寄港地となる。一方で宝島は翌日に奄美大島から鹿児島に折り返す上り便で島民の健康診断を行うという。これもかなりイレギュラーな事態である。悪石島に到着したのは18時20分頃。「悪」の文字が入ったTシャツやツナギを着た島民たちが通船作業を行う光景はおなじみだ。背中に悪一文字を背負っていると言えば『るろうに剣心』の相楽左之助を思い出すが、漫画・アニメファンにとって悪石島と言えば「咲-Saki-」の“悪石の巫女”こと薄墨初美は外せないし、既述の『オーイ!とんぼ』でも悪礫島として悪石島をモデルにしたエピソードが登場している。
悪石島2.「旅の疲れは温泉で」
悪石島での一時下船の戻り時間は22時まで。1泊停泊する悪石島では一時下船の名簿に記入は必要なく、タラップを外す22時まで確実に船に戻ってもらえば良いとのことであった。悪石島も集落の入口辺りが港から2kmほど離れている。到着する頃には真っ暗になってしまっているであろうし、天気予報からすると雨が降ってることも考えられたが、それでも集落方面に向かう乗客は一定数いた。一方で温泉は集落とは反対側にあり、島を下り立った観光客らは、湯泊温泉の方向に向かう人と集落に向かう人に分かれていた。
悪石島3.「民宿とはまた違う船に泊まる島の夜」
港から1km強離れた湯泊温泉で汗を流すと、辺りはすっかり真っ暗になり、雨も多少降り出していた。あとは船に戻るだけなので、それまでの5つの島で雨が降らなかっただけ運が良かったと言える。船に戻る道中、この時期の南国ならではの光景が。いたるところにホタルが舞っているのである。残念ながら持参した機材ではまともにホタルの舞う様子は撮れず、姿を目視することもできなかったので何ホタルなのかは未同定だが、遠方からレントゲン船に乗りにきた乗客にはうれしいサプライズとなった。また、夜にトカラの島に停泊し、港で明るく光を放つフェリーとしま2も、一部の特別便などでしか見ることのできない貴重な姿である。
人によってはもはやマラソン?
この時点で6島合わせて歩いた距離はおよそ22km。十島村には「トカラ列島島めぐりマラソン大会」という有人島7島を1日で走破するマラソン大会があるが、このコースがおよそ25kmほどなので、早歩きで島中を散策するタイプの離島好きにとっては、レントゲン船の島めぐりはもはやマラソンと大差がない。なお、トカラの有人7島を巡る船はこの「トカラ列島島めぐりマラソン大会」のほか「トカラ列島島めぐり体験ツアー」などもあり、本記事でトカラの全島制覇に興味を持った方がいれば、ぜひチャレンジしてみていただきたいところだ。
レントゲン船は年に一度のオタクのオフ会会場
2日目の夜はまさにレントゲン船ならではの光景が船内のレストランに広がる。全国から集まった秘境マニアや旅行オタク、離島好き、郵趣家などのオフ会会場と化すのである。乗り合わせているのは同好の志。話も弾むに決まっている。この日の消灯時間は船内への戻り時間である22時であったが、酒盛りは深夜まで続いていたようだ。3日目は宝島が抜港となることが決まっていたので、翌朝8時の悪石島の出港までが最後の一時下船のチャンスとなったが、前日夜から雨が降り出したこともあって、一時下船の名簿に記載されている名前は僅かであった。朝7時頃から島民の健康診断が行われていたようだが、疲労困憊でそのまま出港時間直前まで起きることができず、結局、どの島でも健康診断の様子を見ることは適わなかった。
2泊3日かけてフェリーは奄美大島に
雨の中、船は最後の寄港地となった悪石島を後にし、3時間40分かけて11時40分頃に奄美大島の名瀬佐大熊港に到着。本来であれば3日目は小宝島・宝島の住民健康診断を行って15時35分に奄美大島に入る予定であったため、4時間近く前倒しでの奄美入りとなる。遅延するケースが多い外海の離島航路において、これもまたなかなかにイレギュラーな事態だ。これで2泊3日のレントゲン船の旅は終了であるが、この船に集っている観光客は気合の入った趣味人ばかり。翌日も奄美大島の周辺を巡る旅程を組んでいた乗客も多いようだ。中には抜港された宝島にどうしても立ち寄りたいので、沖縄に行くフェリーとホテルをキャンセルして、折り返しのフェリーとしま2に乗船予約を取り直したという人もいた。
年に1度、たくさんのドラマを乗せて
以上で日本最後の秘境とも言われるレントゲン船によるトカラ列島の旅は終了である。今回の下り便は7つの有人島の内6つにしか寄港できなかったが、本便運航の本来の目的は島民の健康診断であり、観光客はそこに便乗しているに過ぎない。突然、健康診断の日程が変更になった島民の方々こそ、問題なく健診を受けることができたのか気にかかるところである。その希少性からオタクたちの憧れの船となっているレントゲン船であるが、乗船してみるとトカラの島々の置かれている状況やそこに関わる人たちのリアルな姿が見えてくる。さらに観光目当てで乗船している乗客にも色々なドラマがあり、メディアで働く人間としてこんなに興味深い船はない。あの様子を取材したい、この人の話を記事にしたいとアイデアが溢れて止まらなかった。今回は島の全体像が最も分かるような回り方に終始したが、次は何か別のテーマを持って改めて乗船したい。レントゲン船はそう思わせるだけの魅惑が詰まった船であった。
(文:深夜の天輔星)
静岡新聞SBS有志による、”完全個人発信型コンテンツ”。既存の新聞・テレビ・ラジオでは報道しないネタから、偏愛する◯◯の話まで、ノンジャンルで取り上げます。読んでおくと、いつか何かの役に立つ……かも、しれません。お暇つぶしにどうぞ!
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