『君たちはどう生きるか』宣伝なしで公開されたジブリの新作!宮崎監督が引退を撤回してまで描きたかったものとは
SBSラジオ「TOROアニメーション総研」のイチオシコーナー、人気アニメ評論家の藤津さんが語る『藤津亮太のアニメラボ』。今回は7月14日に封切られた、宮崎駿監督の新作『君たちはどう生きるか』についてお話を伺いました。※以下語り、藤津亮太さん
宣伝なしで公開されたスタジオジブリの新作
『君たちはどう生きるか』について「考えるな、感じろ」みたいな言い方をする方もいます。そういわれると、映画のストーリー性があまりなさそうに感じるかもしれないですが、ストーリーは明確にあります。主人公は眞人(まひと)くんという小学校高学年で思春期の入口にさしかかった男の子。世の中の情勢や家族関係などにいろんなモヤモヤを抱えている彼が、ファンタジーの世界に足を踏み入れていくという話です。
異世界でいろんなことを体験するなかで、彼は命の神秘やこの世のあり方など“世界の仕組み”のようなものに触れていきます。世界そのものにいろんな形で触れ、彼の意識が変わっていきます。
いくつかのシーンが過去作を思わせるところもあり、多くの人は宮崎監督の「総決算」のように感じるんじゃないでしょうか。僕の中では、『千と千尋の神隠し』+『風立ちぬ』みたいな感じでした。見ていない方には、わかるようなわからないような説明かもしれませんが(笑)。
今回の作品は企画から7年かかっています。エンドクレジットを見ると、関わっているアニメーターはベテランばかりで、人数もかなり少ない。少人数で丁寧に作られたアニメーションということができます。
逆にいうと、納得いくまでとことんこだわって作ってもらおうということで、これだけ制作に時間を取ったんだと思います。公開日までに作ろうではなく、ある程度できてきたら公開日を決めましょうという形で進めたのではないでしょうか。
作画監督は、近年では『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』などを手掛けていた本田雄さん。ジブリの長編作品で作画監督を務めるのは初めての方です。もちろんデザインとしては宮崎キャラだし、画面も宮崎アニメ的な美意識で統一されてはいますが、本田さんが加わったことで、全体がフレッシュで、色気みたいなのが濃かったです。草木が新しい命を宿して、芽生えてくるという感じの色気があり、そういう意味では、宮崎監督の最新作が艶っぽい形で作られたのはよかったなと思いました。
宮崎監督のライフヒストリーが織り込まれている?
この映画には宮崎監督のライフヒストリーが織り込まれているんじゃないかという人がいます。実際そう思わせる要素もあります。ただ一方で、宮崎監督はそれまでにも「ファンタジーの力」ということを何度も言っています。現実がつらいときにはファンタジーに助けてもらって、その混乱に正面からぶつかるんじゃなくて、かわして何とか生き延びていく。そのためにファンタジーは重要な役割を果たすんだと。この映画もその通りのお話になっているんですね。それはもしかすると宮崎監督の子どもの頃の体験とかが原点になっているのかもしれないです。でも単純に、そういう自分の哲学を語るために作ったんではなくて、その哲学に思い至る根源まで潜っていって、改めてファンタジーの力を描いてるところが、僕は面白かったです。
そういう意味では難しい作品という印象はありません。5歳ぐらいだったら見れると思います。結構かわいいキャラクターも出てくるので小学生が見たら小学生なりに楽しめるし、大人が見たら大人にもいいし、さらに言うと、宮崎監督と同世代の人が見たら同世代なりの、80代の人が見たら80代なりの発見があると思いますね。
宮崎駿らしさはあるので、そういう意味ではジブリらしいという映画です。宮崎監督は割とエンタメ感覚が強いので、アクションもあるし、いろんな感情を刺激してくれるわかりやすいところもたくさんあります。ちょっと盛りだくさんすぎるので「感じろ」となるのもわからなくはありません。
観るのを迷っているなら観た方がいいと思います。これまでの宮崎監督の作品の系譜を追いかけてきた人だったら、ものすごく発見が多い作品なので、ここ10年ぐらいの作品をもう一度観てから行くと、なおのこと面白いかもしれません。
(SBSラジオ 7月17日放送)
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