
SBSラジオ「TOROアニメーション総研」のイチオシコーナー、人気アニメ評論家の藤津さんが語る『藤津亮太のアニメラボ』。今回は『聖戦士ダンバイン』の放送40周年かつ、ラジオの放送翌日が8月15日の終戦記念日ということで、『聖戦士ダンバイン』と同じ世界が舞台であり、太平洋戦争の元兵士が出てくる『リーンの翼』についてお話を伺いました。※以下語り、藤津亮太さん
監督のライフワークである異世界の登場『聖戦士ダンバイン』
まずは『聖戦士ダンバイン』からご紹介しましょう。『聖戦士ダンバイン』は1983年から84年にかけて放送された、富野由悠季総監督のロボットアニメです。当時はまだあまり一般的ではなかった、異世界ファンタジーとロボットものを組み合わせた作品でした。舞台はバイストン・ウェルという中世ヨーロッパ風の異世界で、魂の安息の場所とも説明される場所です。現世で生きている人が死んだら、バイストン・ウェルに生まれ変わり、そこで自由に喜怒哀楽を発揮したり、善悪を含めて欲望を解放したり、心のストレッチをして、また無垢な状態で地上界(この世)に生まれ変わるための場所とされています。
小説とアニメで設定が異なる『リーンの翼』
富野監督はこの『聖戦士ダンバイン』と同時期に、やはりバイストン・ウェルを舞台にした『リーンの翼』という、ヒロイックファンタジーを書いています。主人公は迫水真次郎という人間で、太平洋戦争末期の特攻兵でしたが、特攻した瞬間にバイストン・ウェルに召喚されて、そこで英雄として仲間を集めて強くなっていきます。これが最終的に、意外な形で地上界の太平洋戦争と結びつくラストシーンで締めくくられます。『リーンの翼』は小説として完結していたのですが、これが2005年にバンダイチャンネル専用のアニメ作品として制作されました。このときは、小説の一種の後日談という形で、主人公はエイサップ・鈴木という青年になります。彼はアメリカ軍のお偉いさんの父親と日本人の母親を持つミックスルーツという設定です。このエイサップがバイストン・ウェルに召喚されたときに、彼の目の前に現れる悪い王様が、なんと小説の『リーンの翼』の主人公だったシンジロウ・サコミズ(迫水真次郎)だったんです。
彼はいつか地上に戻ってアメリカ軍を倒そうと思い、バイストン・ウェルでいろんな国を侵略して力を蓄えています。それを止めたいサコミズの娘・リュクスという少女とエイサップは協力して、サコミズを倒そうとするという話になっています。サコミズは城の一室に特攻機・桜花の実物大の模型を作らせて、時々そこに座ったりしています。過去の太平洋戦争に縛られている人なんですよね。
全6話のアニメですが、第5話でついにエイサップとサコミズが地上へ戻ってきます。その過程で時空を越える旅をして、サコミズが死んだ後に太平洋戦争で何が起こったかを目撃するんです。東京大空襲や沖縄戦。そこで、命が散っていく様子を見る。
タイトルが『リーンの翼』というくらいなので、羽が象徴的に使われています。戦場で命が落ちると羽がばあっと落ちる悲しくも美しいシーンがあって、それが実はバイストン・ウェルに新しい命として生まれる瞬間でもあります。視聴者は、バイストン・ウェルがある世界観が内包する、そういう世界のことわりのようなものをそこで見ることになります。
時空を超え、東京湾上空に出現したサコミズは自分がいなくなってから70年ぐらい経ち、全く違う風景になっている東京の様子を見てショックを受けます。そこで、今はこういうふうに文明が進んだから、満州国がなくてもこの日本の四つの島を中心に十分暮らせるんですよ、ということを説明されたりもします。戦時中の価値観に縛られているサコミズは地上に出てきたことで、時代のギャップを徐々に埋めていきます。それと同時に、バイストン・ウェルにいる間、年を取っていなかった分、急激に衰えていきます。
その中で彼が唯一信じていたものは何だったんだろう、日本も世界の情勢も変わってしまって何が残ったんだろうと思ったとき、彼を特攻に送り出してくれたときに見知らぬ少女がくれた紙の人形が彼の中に唯一の真実として残り、そこがサコミズのドラマのクライマックスになります。
富野監督はSFロボットものを多く手掛けていることもあり、太平洋戦争そのものを描いたことはほとんどありません。しかしアニメ『リーンの翼』では例外的に、太平洋戦争にまつわる要素が取り込まれています。ぜひこれを機会に本作を見ていただければ、いろいろ発見があると思います。
(SBSラジオ 2023年8月14日)