
SBSラジオ「TOROアニメーション総研」のイチオシコーナー、人気アニメ評論家の藤津さんが語る『藤津亮太のアニメラボ』。今回は放送日の翌日5月23日が「キスの日」だということにちなみ、日本のアニメのキスの歴史についてお話を伺いました。※以下語り、藤津亮太さん
戦前から始まっていたアニメのキス
まずは、なぜ5月23日が「キスの日」なのか。これは、日本で初めてキスシーンが描かれた実写映画『はたちの青春』(1946年)の公開日だったからです。じゃあ、国産アニメにおける最初のキスシーンはなんだったのか。おそらく『すヾみ舟』(1932年)という作品だったんじゃないかと思われます。というのもこの作品、日本で初めて作られたアダルトアニメだったんです。
木村白山さんという人が作って、いくつかのタイトルがつけられてアンダーグラウンドで流通していたようです。けしからん内容ということで、当局に検挙されフィルムも没収されたりもしたそうです。
内容は大雑把に知られていて、それからするとおそらくキスシーンがあったであろうと思われます。
戦後になると、『仙人部落』(1963年)という作品が出てきます。こちらは酒造メーカー「黄桜」のキャラクターのカッパの絵などで有名な漫画家、小島功さんの原作です。
小島さんはその美しい女性キャラクターで知られていますが、『仙人部落』は『週刊アサヒ芸能』に連載されていた「艶笑譚(エッチな笑い話)」の漫画をアニメ化したものです。エッチな野心を持った男性が出てきていろいろ画策するけれども、うまくいかないみたいなエピソードが多いです。
第1話だと、おっちゃんが美人といいことをしたいと思っているけど全然うまくいかなくて、代わりにイケメンが出てきてチュッチュするシーンが描かれています。このあたりまでは、キスがエッチなことの範疇として扱われていますね。
しかし、次第にキスはロマンスの象徴という感じになっていきます。70年代半ばには主人公とヒロインがアクシデントで、例えばエレベーターが揺れた勢いでキスをしてしまうとか、ハプニングによるキス・シーンが出てきます。
そして1979年になる頃には、ストーリーの中で自然な形でキスシーンが出てくるようになります。例えば劇場版の『銀河鉄道999』では、鉄郎の初恋の相手だったメーテルが最後にキスをして別れて行くという有名なシーンもありますね。『機動戦士ガンダム』のシャアとララァもそうです。ごく自然に愛情表現としてのキスが、だいたいその頃から当たり前に描かれるようになります。
ロマンスの象徴から、進化し続けるキスの表現
もう一つどこかで線引きをするならば、『ママレード・ボーイ』(1994年)でしょうか。この第1話では保健室で寝ている主人公の光希ちゃんに、もう片方の主人公の遊くんがいきなりキスするんですね。『ママレード・ボーイ』は、東映動画(現:東映アニメーション)のプロデューサーが、セーラームーンを卒業した子に見てほしいと、少し大人向けのボールを投げた作品です。当時はトレンディドラマが流行していたので、それに通じる華麗な恋愛模様を楽しんでもらおうという感覚もあったようです。『ママレード・ボーイ』『ご近所物語』『花より男子』がトレンディ三部作と呼ばれています。『ママレード・ボーイ』では、キスがお話のアクセントとして印象的に使われています。
一方で、70年代後半から80年代に入ると、エッチ方面のキスの表現も進化してきます。アダルトアニメで『いけないマコちゃんMAKO・セクシーシンフォニー』前後編(1985・1986年)という作品があるんですが、フレンチ・キスをした後、よだれが糸を引くという描写を初めてやっています。ここからいろんなアニメがそれを参考にするようになります。
その後も、もちろんキスシーンはたくさんあるんですけれど、表現上面白いのは『009 RE:CYBORG』(2012年)でしょうか。ここで出てくる009と003のキスが、おそらく国産3DCGで初めて描かれたキスシーンなんじゃないかと思います。
どうしても3DCGには硬い印象があるのでそういう柔らかいシーンは難しいんじゃないかと思っていたのですが、劇場で見て、3DCGでもこれぐらい繊細な表現ができるんだと驚きました。
2012年に新たな歴史の進化があったとするなら、これから先もまだ表現の余地は残されているかもしれないですね。実際にあるものを絵で写し、本物っぽくやってみようとなり、そのうち記号化が始まるのですが、それがパターン化するともう一度リアリズムに戻るんです。こういう形で表現は進化していく。だからときどきリアリズムの「表現の挑戦」があるのだと感じます。キスの表現もまたそういう道を歩んでいくと思います。(2023年5月22日放送)