静岡県が主張する「全量戻し」の意味を理解しよう

(中島)
リニアの南アルプストンネル工事に伴う大井川の水問題で、JR東海と静岡県の協議が始まってまもなく10年になります。流域市町は、東京電力田代ダムの取水抑制案を了解し、山梨県側からのボーリング調査とあわせ、着工準備に向けた具体的一歩踏み出そうとしています。ところが、ここにきて、静岡県と川勝平太知事の「悪者論」が横行しています。
(山田)
もう10年なんだなと驚きます。
(中島)
この件に関するネットニュースのコメント欄を見ていると、「静岡県が国策としてのリニアを妨害している」、あるいは「ゴールを動かして、いつまでたってもJRの提案に首を縦に振らない」という論調が多くなっています。
(山田)
すごいありますよね。「静岡がOK出せば、もういいんだから」みたいな書き込みを結構見ました。
(中島)
今日は二つのことをぜひ学んでいただきたい。その一つが「全量戻し」というキーワード。もう一つが「水が減っても大丈夫だよ。流域に影響はないよ」という国とJRの理屈です。
まずは静岡県側が主張する「全量戻し」についてです。南アルプスのトンネルをそれぞれ東京側と名古屋側から掘っていくとします。
掘っていく途中に、水がたくさん含まれる地層に当たることは分かっている。そこに当たった途端に、水が流れ出てしまうこともわかっています。
JRは「何も対策を取らなければ、毎秒2トンの水が大井川から減ってしまいますよ」と言っています。50メートルのプールを思い浮かべてください。長さ50m、幅15m、深さは大体1.5m。このプールをいっぱいにするには、ざっと1100トンの水が必要になります。
毎秒2トンの水を流すと、10分ぐらいでいっぱいになる計算です。その水の量が流域から減っちゃうとJRが10年前に言い出したんです。だから、みんなびっくりしたんですよ。
流域住民が「そんなことは困るから、工事で流れた水はちゃんと大井川に戻してくださいね」と言い出したのが10年前。JR東海は当初は「大井川の流れは計測できるから、減った分だけ水を補いますよ」と言っていました。
流域の市町や静岡県知事は「いや、測れるかどうかはわからないじゃないか。だから工事で出た水は、すべて大井川に戻す算段を考えてくださいね」と言い続けました。それで、JR東海が首を縦に振るまでに5年かかりました。
そこでようやく県の中で様々な会議を立ち上げて、JRと具体的に話をすることになりました。ところが翌年、JRは「やっぱり戻せません」と。両側から掘ってきて、上り勾配で水源にぶち当たったら流れ出ちゃうから、それを戻す方法はないですと言い出しました。
びっくりしたのは県や市町ですよね。「エッ、戻すって言ってたじゃん」と。またそこから丁々発止の議論が始まって、ついに行き詰まりました。ここで行司役の国交省が入ってきて、「もっと科学的に話をしましょうよ」と、国の会議に場を移し、最終的に中間報告の取りまとめまで、さらに1年8ヶ月がかかりました。
これが今までの10年の大半の時間です。
静岡県は「工事で出た水すべてを大井川に戻してくださいね」という意味の「全量戻し」を10年前から言い続けています。ところが、いくつかのメディアでは「川勝平太知事が『工事期間中の水まで戻せ』と新しい注文をつけ始めた」「ゴールポストを動かした」ということになってしまっています。誤報です。
(山田)
別に静岡県がリニア工事を妨害してるわけではないと。
「JRはけじめをつけよ」 議論はそこから

(中島)
そしてもう一つ。国とJRは現在、「水が他県に流れてしまっても、大井川の流れは減りませんよ」と言っています。これは中間報告でも認められました。
「南アルプスはたくさんの水を山体の中に蓄えているから、トンネル工事で少しぐらい水が外に流れてしまっても、山体の中にある水をちゃんと大井川に流し出せば、流量は変わりませんよ」と。
そこでみんなが分からなくなるのは、JRも国も「工事の一定期間を除いて全量戻しができる」とか「全量戻しの対策として」として、戻らない水の対策で「全量戻し」という表現を使うからです。
まず、静岡県が求めてきた全量戻しができないんだったら「できない」と、はっきり言った方がいい。その上で、対策としてこういう方法がありますと言ってくれればいい。
たしかにJR東海も非常に苦労して、様々な対策を真摯に打ち出してきています。ただ、議論はそこの原点を確認しないと始まらないんじゃないかな。
東京電力田代ダムの取水抑制案というのが話題になってますが、決して田代ダムから新しい水が流れてくるわけじゃありません。田代ダムは大井川の水を取り出し、山梨県側にあるダムの発電所で発電をする。その水は富士川に流れていっちゃうんです。
その「取り出す分の水を少なくしましょうよ」っていうことをもって、全量戻し対策と言ってるんです。静岡県が訴えてきた全量戻しとは、似て非なるものなんです。
(山田)
中島さんは静岡新聞4月18日付朝刊の「視座」というコーナーで、「JRはけじめをつけよ」と主張しています。ぜひ皆さん、今日のドリルを参考にJRと静岡県のリニア問題の行方をチェックしてみてください。今日の勉強はこれでおしまい!