今、必要と言われている「インクルーシブ教育」とは?
インクルーシブ教育を実践するために
みなさんは、インクルーシブ教育という言葉を耳にしたことはありますか? 先日、国連の障害者権利委員会が発表した報告書で、日本政府にインクルーシブ教育の権利を保障すべきだという勧告が出されました。今回は、この「インクルーシブ教育」について、インクルージョン研究者の野口晃菜さんに、SBSアナウンサー牧野克彦がお話をうかがいました。牧野:私もまだまだ聞き慣れない言葉なのですが、「インクルーシブ教育」とは、どのような教育のことでしょうか?
野口:インクルーシブ教育とは、障害を含む様々なマイノリティ性のある子どもたちが地域の学校に通う権利を保障することです。今回の勧告は、日本が2014年に批准した「障害者権利条約」におけるインクルーシブ教育に関する勧告です。本条約においては、多様性を尊重し、障害の有無に関わらず必要な支援を受け、地域の学校に通う権利が保障されることとされています。
なぜ今必要なのか
牧野:インクルーシブ教育が今必要だと言われる理由はどのような点でしょうか?野口:これまで私たちが受けてきた学校教育や、いま暮らしている社会全体は、「マジョリティ」であり「主流」である人たちを中心に作られてきました。例えば、障害が無い、異性愛者、父母がいる家庭など、マジョリティの人を中心に作られていることによって、マイノリティの人の当たり前の権利が保障されてきませんでした。
例えば、制度や商品は、基本的には障害のない人が使うことを前提としていますよね。マイノリティの人がいることを前提に学校や社会を作っていかないと、どんなに「思いやり」を持ったとしても、その人たちの暮らしにくい社会が維持されてしまいます。
なので、なにか新しいことを始めようとか、メリットがあるからやろうというわけではなく、本来、当たり前に障害がなければ得られる権利を、障害のある人も含めたマイノリティの人にも保障していく必要があるということです。
牧野:メリット・デメリットの話ではないですよね。
野口:マジョリティの人が当たり前に得られている権利を保障しましょうというそれだけのことです。
日本の現状
牧野:当たり前の事が日本ではなかなか出来なかったのは、今の教育システムに課題があるのでしょうか?野口:おっしゃる通りで、例えば今の日本は「障害のある子どもがどこで教育を受けるか」についての最終的な決定権は教育委員会にあります。「最大限本人や保護者の意向を尊重すべき」となっていますが、実態としては、通常の40人学級では十分な支援を得ることが難しく、その結果、選択肢が有るようでいて、無いような状態になっています。
牧野:私の知り合いでも、「他へ行かれた方がいいと思いますよ」と言われても、実際は選択肢がなかった話も聞いたことがあります。
野口:たとえば1学級の定員は40人でいいのか、教員の数は足りているのかなどのハード面に加え、通常の学級の中で全員が同じ目標で同じペースで同じ方法で学ぶという伝統的な教育スタイル自体を再検討していく必要があると思います。
海外での取り組みは?
牧野:海外では、インクルーシブ教育の取り組みは進んでいますか?野口:国によって状況が違うので、何をもって進んでいるかというのも難しいのですが、例えば1学級あたりの定員は、他国と比べて日本は圧倒的に多い状況です。
牧野:そうなんですか!?
野口:例えば、北欧や米国だと20人程度の学級規模が平均値だったりします。また、就学先についても、教育委員会が決めるのではなく本人・保護者に決定権がある国もあります。その他にも、通常の学級において、障害の有無に関わらず一人ひとりに合ったペースで学ぶような授業づくりがなされていたり、必要に応じた支援が行なうために、専門性のあるスタッフを多く配置している国もあります。一方で、国によっては、特に米国は地域格差もあったりするので、一概にこの国がすごく進んでいるとは言いずらいところではあります。
牧野:今の日本の40人学級でいきなりインクルーシブ教育を進めましょうと言っても、絶対ひずみなどが生まれてくるので、全体的な体制から整えていく必要性がありそうですね?
野口:おっしゃる通りです。仮に障害のある子どもや保護者が就学先を選べるようになったとしても、通常の教育がこれまで通りだったら別の場を選ばざるを得えない状況になってしまいます。そういう意味では教育自体をより多様な子どもがいることを前提に変えていくという議論が必要だと思います。
日本での事例
牧野:野口さんが日本国内でインクルーシブ教育が進んでいるなと感じる事例はありますか?野口:例えば、自治体によっては1学級あたりの定員を減らしていたり、専門職やアシスタントの配置を多くしている自治体もあります。また、最近は教育全体で「個別最適な学び」と言われていて、通常学級の授業スタイルで、一人ひとりのニーズに応じた授業をしている自治体や学校も増えてきました。
牧野:じゃあ、やろうとすればできるものなんですよね。
野口:そうですね。例えば私が関わっている学校ですと、算数の授業で先生が伝統的な一斉指導をするのではなく、子どもたちがその単元をどうやって学ぶか計画を自分で立てる。デジタル教科書を使ったり実際に身体を動かしたりして学ぶなど、自分に合った学び方を選択して課題をクリアしていく。わからない所あったら先生や友だちに聞く、というやり方をしている学校もかなり増えてきています。
これから日本で浸透させるために
牧野:なかなか日本の教育界は固いと言われますが、これからインクルーシブ教育を日本で浸透させるためには、あと何が必要だと思いますか?野口:どうしても今はインクルーシブ教育というと、特別支援教育の分野のみで進めようとしてしまいがちなんですが、そうではなく、これまでお伝えした通り教育全体をどう変えていくかの議論が一番必要なことだと思います。
また、これは障害のある子どもだけのためか?というと、例えば今の日本には不登校の子どもも20万人くらいいます。日本語を第一言語としない外国にルーツのある子どもも増えています。あるいは家族の形も多様化しています。そういう意味では、通常の教育そのものを、画一的なものから多様な子どもがいることを前提としたものにアップデートしていくことが必要だと思っています。
牧野:ベースの部分から、多様化が当たり前のところから考えていきたいなと思いました。どうもありがとうございました。
今回お話をうかがったのは……野口晃菜さん
博士(障害科学)。一般社団法人UNIVA理事。国士舘大学非常勤講師。学校、教育委員会、企業などと共に、インクルージョン実現のために研究と実践と政策を結ぶのがライフワーク。NHKEテレ「でこぼこポン!」監修、経産省や文科省の委員なども務める。共著「差別のない社会をつくるインクルーシブ教育」(学事出版)など。
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