
【空襲被害者の救済】国はなぜ補償を拒んでいるのか?来年は戦後80年。立法府の本気度が問われている
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(山田)8月は終戦の月ですね。こういう重たい課題があることを初めて知りました。
(川内)「空襲被害者の救済」は私が継続的に追っているテーマの一つで、8月17日付の社説でも書きました。東京勤務時代、1945年3月10日の東京大空襲、下町大空襲とも呼ばれますが、この空襲で大きな被害が出た深川地区の門前仲町に住んでいたことも、問題意識を持ち続ける理由です。
(山田)小学校の時、静岡大空襲について勉強したことがあります。体験した方から「安倍川に逃げた」などの話も聞きました。
(川内)空襲では全国で50万人以上、静岡県内でも静岡や浜松、沼津などで大きな空襲があり、約6500人が犠牲になったと推定されています。戦後、政府は旧軍人や軍属について恩給や遺族年金を支払い、その額は約60兆円に上る一方、広島や長崎の原爆による一定範囲の被爆者らを除き、民間の空襲被害者には何の補償もしてきませんでした。国と雇用関係がなかったというのが、国が補償を拒む大きな根拠です。
(山田)何の補償もないのか。それはおかしい気がする。
補償法制定に向けた動き
(川内)補償法の議員立法を目指し、2011年に結成された超党派の「空襲議連」は2020年に法案を正式決定しましたが、6月に閉会した先の通常国会でも与党内で法案提出への足並みをそろえることができませんでした。法案は①心身に障害が残った存命の被害者に1人50万円を給付する②国は被害の実態を調べる③追悼施設を作る―が柱です。遺族や孤児などは含まれません。対象者は約4600人、必要な予算は23億円程度と試算されています。
決して十分な内容ではありませんが、対象を絞り込んだのは少しでも事態を前進させたいという切実な思いからです。これは第一歩です。被害実態の調査が進まないのは、関連する法律がないからとも言えます

(山田)対象はごく一部なんですね。実態調査は早くやらないと間に合わない。広島や長崎の原爆を実際に体験した語り部さんが減っているというニュースもありました。
(川内)6月下旬に開かれた民間人空襲被害者の救済を求める全国組織の集会で、空襲議連の会長代行兼事務局長の松島みどり衆院議員は「私たちでけりをつけなくてはいけない。秋の臨時国会で成果を出せるように努めたい」と述べました。
自民党総裁選後の衆院解散総選挙の可能性など今後の政局は予断を許しませんが、まさに正念場であり、立法府の本気度が問われています。多くの人が置き去りとなっている課題に正面から向き合うよう、議連は粘り強く議員や党派間の合意形成を図ってほしいです。
「受忍論」とは
(山田)補償法の制定以外にどんな動きがあるのですか。(川内)静岡を含む各地の被害者が国に損害賠償を求めた法廷闘争は、いずれも退けられています。壁となってきたのは1968年の最高裁判決が示した「受忍論」の法理です。「国の存亡にかかわる非常事態には、損害は国民が等しく受忍しなければならなかった」と結論付けました。つまり、「戦争被害は国民が等しく我慢すべき」という理屈で、これは国の基本姿勢にもなっています。
しかし、国が起こした戦争で被害者になったのに、「我慢しろ」と言われても到底納得はいかないのではないでしょうか。国は「空襲の範囲が不明確」「被害認定が難しい」ともしています。空襲被害の救済がほかの戦後補償に波及することへの警戒もあるとみられます。
(山田)そんな理屈があったのか。一方的ですね。
逃げることを許さなかった「防空法」
(川内)戦争は軍人や軍属に限らない総動員体制だったのであり、民間人が「不公平だ」と是正を求めるのは当然だと思います。そもそも当時の「防空法」は消火が義務で、退避が許されませんでした。青森市では米軍の爆撃予告ビラにおびえて疎開を始めた市民に対し、県知事が「帰らないと町会台帳から削除し、配球物資を停止する」と通告し、多くの人が犠牲になりました。政府が浸透させた「逃げるな、火を消せ」という精神論が民間人の被害を拡大させたと言えます。
(山田)考えられない法律であり、精神論。空襲被害者の救済は、外国ではどんな状況なんですか。
(川内)同じ敗戦国であるドイツをはじめ、イギリス、フランスなど欧州諸国は民間人の空襲被害も救済しています。背景にあるのは「国民間の平等」「人道主義」などの考え方で、一人一人を個人として大切にする姿勢に基づいています。
(山田)根底の考え方に違いがあるように感じます。
世界で戦火がやまない中で

(川内)補償法案は1970~80年代、14回にわたって議員立法で提出されましたが、いずれも自民党の反対で廃案になりました。局面が動いたのは、2009年の東京大空襲訴訟の東京地裁判決が「立法を通じて解決すべき問題」として、司法が国会に解決を求めたことが契機です。国会は託された使命を重く受け止める必要があります。名古屋市が空襲で重度の障害を負った民間人への見舞金を、独自に支給している例もあります。
(山田)今も世界で戦争が行われていますね。連日のニュースに胸が痛みます。
(川内)ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃では、無人機やミサイルなどによる空襲被害が伝えられています。子どもを含む民間人の犠牲も絶えません。こうした現実と重ね合わせ、多くの地が焦土と化したかつての日本の惨劇に思いを巡らせて、空襲被害者の救済を急いでほしいと思います。
(山田)現状は、まさに置き去りになっているんですね。一刻も早く、少しでも前に進めなければならないことが良く分かりました。きょうの勉強はこれでおしまい。
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