
1メートルの津波が4分で到達する予想の松崎町。沿岸近くに住む浅井共栄さん(84)と藤井すえ子さん(77)は3月下旬、休憩しながらゆっくりと津波避難タワーを昇った。藤井さんは「4分ではとても上まで昇れない」と息を切らした。避難完了まで約4分30秒。実際の地震発生時には、揺れが激しくて避難の開始が遅れたり、避難路が倒壊家屋でふさがれたりしている可能性もある。浅井さんは「パニックになればもっと時間がかかるはず」と危機感をあらわにした。
西伊豆町は津波避難タワーを新たに5基整備した。しかし、松崎町江奈2区の関唯彦区長(72)は「4分では誰かを助ける時間はないだろう」と要配慮者らの避難の厳しさを強調する。
静岡市清水区は1メートルの津波が2分で到達する推計。清水港を拠点とする清和海運は2013年、本社機能やデータ・システム関連の部署を同市駿河区に移転した。15年には新東名高速道新清水インター付近に倉庫を新設するなど、内陸への施設分散を進めた。総務部の笠井一徳部長は「社員の命を守るだけではなく、早期に物流機能を再開させることは社会への責任でもある」と見据える。ただ、同社のような内陸移転の取り組みは限定的だ。
居住地移転の検討も停滞する。津波浸水区域から集落での移転を目指していた沼津市内浦重須地区は、7世帯の高台移転が完了しつつある。当初は約80世帯が希望し、住宅地造成や住宅建設などへの補助がある防集事業の利用を目指した。しかし、高齢化や移転元の土地利用が制限されることなどから、適用要件である10戸以上の合意ができなかった。その後、県の農地区画整理事業の一環で宅地を造成し、希望する7世帯が移転に踏み切った。
事前移転を促進するため、国は2023年度から従来の合意要件を5戸以上に緩和した。21年に高台に移った造船業大沼伸剛さん(52)は「当時要件が緩和されていたらもっと移転しやすかったはず」と振り返る。一方で、「移転先の土地がすぐに見つかるとは限らない」と要件緩和の効果は限定的とみる。集落内で移転しなかった住民も将来的な移転を促進する必要があり、移転のハードルはなお高い。