【清水港船宿記念館「末廣」の25周年記念イベント】藤枝市の浪曲師・広沢虎康さんの「金毘羅代参」。清水次郎長と森の石松の逸話。史実とフィクションが交錯

静岡県のアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市清水区の清水港船宿記念館「末廣」の25周年記念イベントを題材に。
(文と写真=アナウンスマイスター・野路毅彦)

清水次郎長が開業した船宿「末廣(すえひろ)」が移築・再建されて25年経ち、記念の催しが6月13日(土)、14日(日)に行われた。

江戸時代にヤクザの大親分だった清水次郎長は、明治になって社会事業家へとその生き方を変えていく。1886(明治19)年には清水の波止場に船宿・末廣を開設した。次郎長は船宿の二階に家族と住み、妻のおちょうが一階に寝泊まりする客に食事を出し宿を切り盛りしたという。末廣ができる6年前から、清水-横浜間は蒸気船で結ばれており、その船乗りや次郎長を慕う名のある人たちも訪れた。


復元された末廣で味わえる次郎長ゆかりの菓子がある。「ゆびまんじゅう」だ。次郎長が近所の菓子店で、まんじゅうを指で突き「売りもんになんねえずら。わしがもらってかざあ」と、子どもたちに配った。晩年は子どもにも人気の好々爺だった次郎長の愉快な逸話にされているが、次郎長は威圧感がある経歴の人物。菓子店にしてみれば、無茶を非難したら何をされるか分からないという恐怖がある。堅い言い方をしたが、俗な表現をすれば、これはカツアゲの一種である。

ただし、この菓子店は、カツアゲから約100年経つと被害を逆手にとる。今から40年ほど前、次郎長のやり口に沿ってわざと変形させたゆびまんじゅうを、由来込みで売り出し、名物とした。こしあん入りは、まんじゅうの真ん中を指で押したような形。みそあんは横からつまんだように半分つぶしてある。普段、末廣では、お茶とセットでどちらかの味を500円で味わえる。


13日には集まった50人ほどを前に、藤枝市出身の浪曲師・広沢虎康さん(57)が、「金毘羅代参」を唸(うな)った。次郎長が、子分である遠州森の石松に讃岐までお礼参りを頼むが、「道中、酒を飲むなと言うなら断る」と石松が突っぱねる話だ。


清水次郎長はここまで語った通り、正真正銘、実在の人物。森の石松は、実際にいたのか架空かはっきりしない。間違いなく言えるのは、「けんかっ早くて、おっちょこちょいの快男児」として描かれた石松が、昭和の中ごろまでは浪曲の人気に乗り、全国的に知名度抜群のスターだったということだ。

今月亡くなったガッツ石松さんのリングネームは、ガッツさんの性格と、森の石松のキャラクターを重ね合わせて生まれた。

展示されている白黒写真の中には、徳川慶喜が収めた末廣の佇まいや、次郎長一家の浪曲にも残る抗争の、手打ちの時に撮ったとされる貴重な一枚もあるから、末廣はこの日、浪花節も相まって、江戸時代と明治、史実とフィクションが交錯する空間となっていた。

<DATA>
清水港船宿記念館「末廣」
住所:静岡市清水区港町1-2-14
TEL・FAX:054(351)6070
定休:月曜日(月曜日が祝日の場合はその翌日以降の平日)、年末年始
料金:無料

静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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