右肩の痛み
桃谷選手は2019年夏の甲子園で優勝した履正社高のリードオフマン。立命館大を経て2024年にヤマハ入りした。ところが1年目の夏ごろから右肩に痛みを感じ始め、リハビリをしながら様子を見ていたものの、プレーに支障を来すようになった。悩んだ末、昨年の都市対抗本大会終了後の9月、関節唇のクリーニングとベネット骨棘の除去手術に踏み切った。
悩んだ末、手術を決意
「だいぶ悩みました。大学野球と違って、この先何年野球ができるというのが決まっていない中で、約半年プレーできない状態でも(チームに)許されるのかどうか。それに手術してもあまり良くならずに終わってしまう人も結構いるというのも聞いていたので」スタッフや先輩、両親に背中を押され、決断したという。
復帰まで約半年
リハビリの途中で肩の炎症が起きるなど、戦線復帰まで約半年を要した。昨年の日本選手権優勝はスタンドから見届けた。
「半年以上、野球ができなくなるという経験は初めてだったので、すごいもどかしい気持ちでした。チームが優勝してうれしいけれど自分も貢献したいっていう気持ちもあって」
「終わったと思った」
3~4カ月間、バットを振ることすらできない日々が続いた。「ランニングとかインナー、肩の筋肉を鍛えるトレーニングや体幹トレーニング。野球はほぼ、できてないです」。復帰直後は「置きティーでもちゃんと当たらなくて、サードゴロみたいな感じ。終わったと思いましたね」復帰後の変化
その後〝けがの功名〟とも言えるような出来事があった。リハビリは下半身のトレーニングを中心に打ち込んだ分、下半身に安定感が出た。そのためか、これまではノーステップやすり足だったが、足を上げてタイミングを取れるようになったという。「何回か挑戦したのに全然うまくいかなくて『足上げるのは(自分に)合ってないんだな』と思ってました。足を上げることで一連の動きの中で打てるので、タイミングを早く取れるようになり、ピッチャーの球を長く見られるようになりました」
リセットされた悪い癖
さらに、バットを全く振れなかった期間に全ての癖がリセットされたという。「上半身の悪い癖を全部忘れて、感覚がなくなっている状態だったので、自分のやりたい動きがスッと入りました。今までは自分の癖が邪魔していたのに」
今年に懸ける
2月15日、プロ野球2軍中地区のハヤテとのオープン戦で八回、代打の出番が巡ってきた。手術後初実戦。「去年1年間できてないので思い切っていこうという思いはありました。変に守るものもないので」。〝代名詞〟とも言える初球打ちでヒットを放ち、自らの復活をアピールした。4月2~8日の静岡大会では4試合に出場し10打数7安打。「1年間通して活躍して、チームの力になりたい。去年の分を今年に懸けようという思い」と気合が入っている。(編集局ニュースセンター・結城啓子)
【取材後記】
シーズン開幕から調子がいまひとつだった2年目の大砲、森川凌内野手が4月15日のオープン戦で3安打を放つなど、状態が上がっているのも好材料です。森川選手は「長打を求め過ぎて、新しいことを取り入れようと試したけれどうまくいかなかったので、切り替えて戻すことにしました。(打線が)うまくかみ合っていない中でもピッチャーが良くてチームは勝てていたけれど、ヤマハらしい打線を見せたい。チームを勢い付ける、勝つための一打を打ちたい」と話していました。










































































