
【町田康さん「男の愛 俺たちの家」】 「鮒が残飯食べているみたような顔した男」

「あいつが好き」「あいつは嫌い」といった感情のもつれに端を発するいさかいをサバイブし、任侠仲間の「評判」をてこにステージを上げていく次郎長の姿が、途方もなくテンポの良い文体で描かれているため、ものすごいスピードで読めてしまう。町田さんの文体を愛するファンは多いだろうが、このスピード感はほかの小説では味わえない感覚かもしれない。
今作の次郎長は、清水を出奔していて、三河の寺津に身を置いている。賭場でのいざこざ、借金の取り立てなど、まあ「しょうもない」エピソードが続き、その後は遠江、清水、箱根、小田原、武州と渡り歩く。…と書くとかっこいいが、要するに知り合いの家を転々としている。町田さんはこの点を強調している。「男が惚れる男」ではあるけれど、「侠客」の実際は、実はこんな感じであろう。おかしみがにじみ出る。
とにかくテンポがいい。いろいろとひどい目にも遭うし、人をひどい目にも遭わせる。獄舎にもつながれる。だが、次郎長は終始あっけらかんとしている。ように見える。陽性のBLだ。最後には、米ヒーロー映画「アベンジャーズ」の「ハルク」のような人物も登場する。信じられないぐらい盛りだくさんだ。
町田さんの人の顔の描写が好きだ。この作品でも好みの表現が出てくる。「鮒が残飯食べているみたような顔した男」は、腹を抱えて笑った。
(は)
静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。