
(山田)今日は川勝平太静岡県知事の辞職のニュースを解説してもらいます。4月2日に知事が辞職表明をした次の日にはYahooニュースのランキング1位から5位までをこの話題が独占していてびっくりしました。
(市川)そうですね。全国的に大炎上してました。
(山田)それぐらい全国の皆さんも注目している知事だということを改めて感じました。
(市川)一方で、既に川勝知事の後継の話が出てきています。「レームダック」という言葉がありまして、政治の世界では一度権力を手放すという話になると、急速に求心力が弱まっていきます。当初は6月議会でという話でしたが、川勝知事は4月10日にも辞職を申し出るというニュースも流れ始めました。どんどん次の話題に進んでいって、あっという間に誰も川勝知事のことを口にしなくなる。これが政治の世界特有の怖さですよね。
今日は過去の人になりつつある川勝知事の失言問題から辞職に関する話題を掘り下げてみようと思います。
(山田)そもそもを忘れないようにということですね。
(市川)今回は4月1日に行われた県庁の新規採用職員に向けた訓示での問題発言が引き金になっています。これが本当にひどい話で、「県庁はシンクタンク。野菜を売ったり、あるいは牛の世話をしたりとか、あるいはモノを作ったりとかということと違って、基本的に皆様方は頭脳・知性の高い方たちです」と発言したんです。
これは誰がどう聞いても職業差別ということで、2日に報じられ大炎上。それをきっかけに批判が巻き起こり、知事が2日に任期を1年残して突然辞職を表明するという事態になりました。
昨年、いわゆるコシヒカリ発言に端を発する「給与返上問題」を3時のドリルで取り上げたとき、自分に否があるにも関わらず、県議会に責任を転嫁したことから「逆ギレ返上」という言い方をしましたが、今回はまさに「逆ギレ辞任」と言っていいと思います。
(山田)逆ギレ辞任!
川勝知事は「切り取りだ」とメディアに“逆ギレ”
(市川)問題発言が報じられた2日の午後6時から行われた囲み取材で、突如辞意を表明しました。県の職員にも事前に言ってなかったようです。今回逆ギレした相手はマスコミです。その囲み取材の状況を振り返ってみます。川勝知事は「メディアハラスメント」が横行しているとして、「メディアの質の低下を感じる」とメディア批判を繰り広げました。今回の報道は「切り取り」だとして、誤解、曲解も甚だしいと憤慨してみせると、辞任の意向を語る直前には「こういう風潮が弥漫(びまん)していることに憂いを持っています」と語り、辞任を表明しました。弥漫というのは、はびこるという意味です。
この時点では、自分の発言がことごとく曲解して報道されることへの不満が辞職理由、と受け取れるやりとりでした。最近でも「男の子はお母さんに育てられる」発言や、「磐田市は浜松市よりもともと文化が高かった」発言など、叩かれまくってましたからね。
一夜明けた3日の臨時記者会見では、2日の囲み取材では一言もふれなかった「リニア」について「区切り」がついたことを第一の理由にあげていましたが、それは、あくまで任期途中で職を投げ出す大義名分としてこしらえたもので、辞任のきっかけは、差別発言に対する知事に対する批判に耐えられなかったのだと思います。
(山田)これまで川勝知事がメディア批判をしているイメージはなかったんですが。
(市川)川勝知事は学者出身なので言論の自由やジャーナリズムの活動は大事なものだということをよく言ってました。実は今回の囲み取材の場でもそのような発言はしているんですが、「これまで一切触れてはこなかったけれども、最近はちょっとひどすぎる」という趣旨のことを言っています。堪忍袋の緒が切れたという逆ギレです。
(山田)辞めてやるぞと。
(市川)そうなんです。あと、これはメディアに席を置く人間として言っておかなければいけないんですが、今回の差別発言が飛び出した新規採用職員への訓示は1日でしたが、翌日の朝刊で報じたのは読売新聞だけでした。知事が辞任を表明した2日の囲み取材で、県民から県庁に抗議が殺到していることを指摘されると、「読売新聞の報道のせいだと思っています」と知事が答えたのは、読売が最初に報じたからなんですね。読売は全国紙ですが、静岡版という静岡県内でしか読めない紙面で小さく報じていました。
ただ、これは自戒を込めて言いますが、新規採用職員への訓示を取材していたのは、読売だけではありませんでした。静岡新聞を含む、新聞、テレビ各社が取材していましたが、知事の問題発言をスルーしてしまっているんです。
(山田)実は僕もこのコーナーに出演してもらっている橋本和之静岡新聞論説委員長にその件を聞いたんです。
(市川)川勝知事の問題発言といえば2021年のいわゆる「コシヒカリ発言」が思い出されますが、このときもメディアが報じたのは発言の1週間後だったことは前にこのラジオで話したと思います。
なぜ、こういうことが起きるかといえば、問題発言を取材しようとしているわけではないので、見逃してしまうことがあるんです。今回の訓示も約22分間ある中で、失言部分は10秒ほどです。問題発言以外の部分では結構いいことも言ってましたから、集中して聞いていないとスルーしてしまうことがあったりもします。
静岡新聞以外のメディアの内実はわかりませんが、社として「これは報じるほどの問題発言ではない」と判断することもあるかもしれません。ただ、僕の経験上、今回に関しては誰が聞いても明らかな差別発言なので、そういうことはなかったと思います。
聞き漏らしてしまった結果、1社だけしか報道しないと、他社は発言を問題視していないと知事に言い訳をする余地を与えてしまうことにもなりかねません。その意味では、静岡新聞をはじめ、すぐに反応できなかったマスコミ各社は反省しなければならないと思います。
(山田)そうなんですね。
(市川)「切り取り」について考えてみたいんですが、基本的に報道は「切り取り」です。新聞は紙面の制限がありますし、テレビだって放送時間があるので全文を報道することはできません。記者が重要だと思う発言や事実を切り取って記事にするのが報道です。今回、静岡新聞は4日付本紙で、問題の訓示の全文を掲載しましたが、こういうケースは稀です。
昨今、「切り取り批判」ということがよく言われるようになったんですが、これは、一部を切り取って報じることで全体の意味を曲解して伝えている、という批判です。物事を曲解して報道すれば、それはフェイクニュースです。メディアはこの批判と常に向き合い、正しい報道を心がけ続けています。
(山田)僕は全文は読めていないんですが、仮に前後の文脈があったとしてもあの発言自体はおかしいですよね。
辞任劇は「コシヒカリ発言」から始まった!
(市川)全体を見てもあの部分が差別発言であることに変わりありません。切り取り批判はあたらないと思います。今回の辞任劇は、完全に川勝知事の自滅といえるものですが、追い込んだのは県議会とメディアだったように思います。県議会はコシヒカリ発言の責任を追及して2021年に辞職勧告決議を可決しました。2023年には、給与未返上問題から不信任決議案を提出して1票差で否決はされていますが、その後に飛び出した「今度、間違うようなことをして人様に迷惑をかければ辞職する」という発言を引き出したのは、2021年に突きつけた辞職勧告決議の可決がきっかけです。ボディーブローのように効いていたんですね。
(山田)なるほど。
(市川)「今度間違えたら辞職する」発言は知事が自主的にしたものではなく、知事定例会見での記者の質問に答える形ですし、去年大炎上した給料未返上問題もNHKが報道しなければ、終わった話になっていたかもしれません。県議会、マスコミの監視機能が働いたことで知事を追い込んだ、という側面もあったかなと思います。
それともう一つ、 今回のことで、なぜ静岡県民は川勝知事を選挙で勝たせるのか、という県民批判をネットで目にしました。
(山田)ありましたね。
(市川)前回2021年の県知事選を私自身、取材しましたけれど、川勝知事はリニアを最大の争点にしたんですね。大井川の水を守る川勝なのか、リニアを推進する自民党推薦の候補なのか、という構図を作りました。リニアは科学技術の発展や、日本の交通体系を根本から変える国策ともいえる民間事業です。夢もあるし、日本がリニア技術で世界をリードしていくためには推進していかなくてはならない事業かとも思います。ただ、それと、「大井川の水」を天秤にかけたとき、何が大切か判断は分かれると思います。水がなくなれば、大井川流域の農家はもちろん、水を利用する企業もなりわいを失います。別の土地でやればいいじゃないか、というのは乱暴な議論だと思います。
静岡県民は「大井川の水を守る」で付託したが…

(市川)リニアをやめろ、とまでは言わないまでも、大井川の水を減らさない方策をリニアの事業者であるJR東海が科学的な裏付けをもって示すことは、流域住民の安心につながります。その意味では、川勝知事の大井川の水を守るという主張が一定の評価を得たというのは理解できます。2021年の知事選はそういう争点の選挙だったんです。
ただ、そのリニアに対する姿勢も、最近では疑問符がつくようになりました。会見でも論理性に欠ける発言が目立つようになりました。なにより、それまで最大の後ろ盾になっていた大井川流域の自治体の首長たちから、川勝知事への疑問の声が公然と上がっていました。
もともと、大井川の水問題を第一義的に考えるのは大井川流域の自治体であり、南アルプスにトンネルを掘ることによる残土問題や生態系の問題は、トンネルが通る静岡市が考える問題です。静岡市と大井川流域自治体の首長たちの考えの行き違いから、県が大井川の水問題の窓口になるという経緯がありましたが、今となっては県ではなく、地元自治体の意向を優先するときにきていると思います。
(山田)なるほど。現在、次の知事候補には元副知事の大村慎一さん、前浜松市長の鈴木康友さんの2人の方の名前が浮上していますけど、リニア問題に関してはどのようになっていくのでしょうか。
(市川)2人はリニアに関しての考え方はそれほど差がないのではないかと思います。おそらく是々非々の立場を取るのではないでしょうか。大井川の水もリニアも両方大切なので、科学的、論理的に考えながら進めていくといった主張になるのではないかとみています。なので、どっちの主張を選ぶかという争点にはなりづらい気はします。
(山田)知事選についてはまた市川さんにも解説していただこうと思います。今日の勉強はこれでおしまい!