語り:春風亭昇太

静岡市葵区と清水区の境にある梶原山(かじわらやま)。良く晴れた日には、富士山、伊豆半島、駿河湾を見渡すことができ、人気のハイキングコースでもある、この山は、鎌倉幕府の御家人梶原景時ゆかりの地です。
息子2人とともに景時が最期を迎えた地と伝えられ、その後、梶原山と名づけられたと言われています。山頂にある、「梶原景時 終焉の地」と刻まれた碑が、その歴史を今に伝え、山のふもとには、彼らを弔うお堂が建てられています。清水区の高源寺(こうげんじ)にも、梶原一族を供養するために置かれたと伝えられる石碑が残ります。
源頼朝に重用され、鎌倉幕府で重要な役職についていた梶原景時でしたが、頼朝の死後、他の御家人たちの反感を買い、徐々に幕府内で孤立していきました。やがて、反旗をひるがえして鎌倉を脱出し、西へ向かう途中で、駿河の武士たちと合戦となり、梶原一族33人がみな戦死したと言われています。現在も、梶原景時の命日である1月20日には、高源寺で供養祭が行われます。高源寺の本堂は、もともと久能山にあった「久能寺」の建物が移築されたものです。江戸時代中期の建築とされる本堂は、唯一現存する久能寺の建物として静岡市の文化財に指定されています。
静岡市歴史めぐり まち噺し 今日のお噺しはこれにて。