
(山田)今日は橋爪さんらしいアートの話題でございますけども。
(橋爪)アーティスト・イン・レジデンスって、どの程度親しんでらっしゃいますか。
(山田)いや、イメージとしてはなんかアートの国際交流…?
(橋爪)国際交流もあるかもしれませんが、和訳では「滞在型制作」「滞在制作」とかって言い方をします。美術、音楽、演劇などさまざまな分野に関わるアーティストが、ご自分の拠点やアトリエを離れて特定の場所に一定期間とどまって、地域の人と交流したり、町並みや食べ物などその地域に伝わる文化の影響を受けたりしながら作品を制作する行為もしくは事業のことを言うんですね。
浜松市中区の鴨江アートセンターでは27日まで、神戸市出身の美術家婦木加奈子さんの個展「いなさ」が開かれています。婦木さんは東京から浜松に移住して、5月から8月まで作品制作し、そこで出来上がったものを展示しています。
(山田)そこのまちで生まれた作品といいますか、エッセンスが入ったものになるということですね。
(橋爪)アーティスト個人とそのまちの化学反応によってどんな作品ができるかというところが見どころだと思います。
鴨江アートセンターでは、2013年の開館当初から、クリエイターやアーティストに館内の制作場所を提供するアーティスト・イン・レジデンスにすごく力を入れています。年間、最大で8組募集し、制作に打ち込む場所を提供しています。
婦木さんの展覧会はまさにその一環です。展覧会には「いなさ」っていう名前がついていて、浜松市の引佐郡引佐町の「引佐」と、「いない」っていう言葉に状態を表す「さ」をつけて「いないという状態」という意味にした「いなさ」をかけているようです。日本語的にはちょっと変だと思うんですが、そこに人がいないことっていうのがテーマになっていて。なんか気持ちわかります?
(山田)わかります、面白い。
(橋爪)アートセンターを通じて、かつて人が使っていた衣類や布団、座布団などの古布を近所の人に寄贈してもらい、それを使って人の記憶に寄り添うような、布の造形作品を作ったんですよね。元々彫刻を専門にやられていた方なので、布を彫刻のように形作ったものを中心にしてインスタレーションに仕立てたんです。
婦木さんは5月に浜松に移住するときに、身近な方を亡くしていて、「いなさ」っていうテーマはそこから出てきたとおっしゃっていました。死とどう向かい合うかっていうご自分の心情そのものが、作品のテーマになっているっていうことですね。
(山田)「そこに人がいた」というものを使っているんですもんね。
(橋爪)シミや日焼けしたあとが布に残ってたりする。それを生かしていろんなオブジェクトを作っています。
さらに、移住した浜松にある「盆義理」という風習も作品に生かしています。初盆の方の家に、お葬式に出席した方々が集まってくるっていう風習があるそうで。ご自身で7月に体験なさっていて、作品の中にも祭壇を作ったり、アートプロジェクトとして疑似的な盆義理を行ったりしていています。
(山田)まさに浜松の文化がアートに入ってますね。
(橋爪)本当にアーティスト・イン・レジデンスの、「これぞ」という例だと感じました。
アートセンターでは、他にもアーティスト・イン・レジデンスの展示をやっています。センターの向かい側にある木下惠介記念館では、おおしまたくろうさんの作品を展示しています。
「疑似耳人」という作品では、耳の形の集音マイクが上に載ったヘルメット二つが置いてあるんですよ。それを、右耳役の人、左耳役の人がかぶり、2人が浜松の街中を同時に歩いて、言ってみれば、右耳の音と左耳の音を集めてくる。その音を合体させて映像とともに流して、作品化したんです。
人間って顔の両側に耳がついていますが、顔の幅がある分、ただ歩いていても聞こえてくる音は全然違う。離れた場所の都市のノイズが一つになると、ハーモニーを奏でているように聞こえて、面白いんですよ。片方でセミの鳴く音がしていて、もう片方ではクラクションが鳴ったり車がバンバン走っている音が聞こえる。どこを歩くかも、おおしまさんが「指示書」で指示していて、そこにもアーティストの意図があるんです。
(山田)面白いですね。
(橋爪)おおしまさんはこの指示書のことを「楽譜」、音を収集することを「作曲」って言ってるんですよ。これもアーティスト・イン・レジデンスならではの作品かなと思っています。
もう一つ、山口卓巳さんという方が浜松市の中田島砂丘の自然環境そのものを作品化したものも展示されています。中田島砂丘がお近くの方には、ぜひ行っていただきたいです。
実は長い歴史がある取り組み

(橋爪)アーティスト・イン・レジデンスは結構、長い歴史がありまして。
一般的には1666年、フランスで王立アカデミーが自分のところのアーティストをローマに派遣し、自己研鑽に励むよう言ったのが最初のようです。
(山田)「アーティスト・イン・レジデンス」と名前はなくても、僕ら一般的に聞いてるミュージシャンとかも、京都や海外に行って作品作りをしたりするじゃないですか。それも同じですかね。
(橋爪)街を歩いたり、海外の方と交流をしたり、制作期間中にいろんなところへご飯を食べに行ったり。そういったものを浴びて、音を出したときにはやっぱりちょっと違ったものになると十分予想されるんでそうかも知れません。言われて気づきました。
アーティスト・イン・レジデンスは、実は県内のいろんなところでやっています。秋口にかけて島田市川根町で開かれる予定のささま国際陶芸祭もそれに当たります。コロナ禍前の2019年は21カ国から70人ぐらい陶芸家が来てたっていう話です。
(山田)僕が行ったときに、その地元の土を使ってピザ釜作ってるアーティストがいて、そこでピザ焼いて配ってました。
(橋爪)作った人との交流っていうのも見に行く立場としての面白みだと思います。もう一つおすすめなのが、毎年10月から11月に掛川市の最北部の原泉地区で開かれる「原泉アートデイズ!」です。これもアーティスト・イン・レジデンスの典型的な活動事例だと思うんですが、空き家や茶工場などで絵画や造形、パフォーミングアーツの制作をするんです。
ここでは、主催者の羽鳥祐子さんっていう方が、毎日ご飯を作るんですよ。そこで同じ時期に制作をしてるアーティストが1カ所に集まってご飯を一緒に食べるのが習わしになっています。人の交流のあり方の中から生まれた制作物っていうのがどういうものかっていうところを感じることができますね。
(山田)静岡でも身近にこのアーティスト・イン・レジデンスをやってるところがたくさんありますから、そういう体験をしてみてください。今日の勉強はこれでおしまい!