
ヒップホップの誕生日は8月11日!?
(橋爪)きょうはヒップホップについて取り上げようと思います。ヒップホップの誕生日って8月11日なんです。1973年の8月11日なので今年で50歳なんですよ。これを決めたのがアメリカの上院です。2021年に8月11日を「ヒップホップ記念日」と制定しました。(山田)上院で決めてるんですか。
(橋爪)そうなんですよ。アメリカ発で世界中に広まって、文化、商品マーケット、黒人社会に対する理解などに寄与したと評価されたということだと思います。
(山田)ヒップホップってどうしても音楽を連想しますけど、それだけではなくて文化全体のことだと聞いたことがあります。
(橋爪)そうですね。音楽のラップというのはヒップホップという大きな概念の一部です。ヒップホップには4大要素があると言われます。
1つはラップ。それからDJ。3つ目はブレイクダンスです。パリ五輪で初採用されますね。4つ目がグラフティ。これは市街地の落書きアートのことです。日本では違法とされるケースが多いんですが、キース・ヘリングやバンクシーというような方々が、そういったアートを確立して世の中に認知されています
(山田)キース・ヘリングが地下鉄の掲示板に絵を描いたのもヒップホップなんですね。
(橋爪)文化としてはそこにカテゴライズされると思います。
(山田)なぜ8月11日が誕生日なんですか。
(橋爪)1973年8月11日に、DJのクール・ハークさんという方が妹のシンディ・キャンベルさんと一緒にニューヨークのブロンクスという黒人の方がいっぱい住んでいらっしゃるエリアでパーティーを開きました。そのときにレコード2枚を使ってリズムパートだけを繋げるブレイクビーツを初めてやったのが起源とされています。
(山田)なるほど。そんなヒップホップですが、静岡との関わりが深いんですよね。
(橋爪)ヒップホップの発展には、実は浜松市の楽器メーカー・ローランドが大きく寄与しています。ローランドのリズムマシンに「TR-808」というのがあります。1980年代から90年代を通じて、この機材に内蔵された打楽器の音がヒップホップのトラックに欠かせないものになったんです。
(山田)めちゃくちゃ関わりがありますね。
(橋爪)そうですね。「808」をカタカナで当てて通称「ヤオヤ」と呼ばれています。ヤオヤは音の一つ一つが個性的です。打楽器でいうと、例えばドラムセットにはハイハット・シンバル、スネア・ドラム、バス・ドラムなどがありますが、それを再現している音が非常に個性的で、それまであまり聞いたことがない感じの音だったんです。
自分が思う最大の特徴はバスドラム。いわゆるキックって言われてるもので、太くて力強い音がドーンと伸びるんですよね。もう1つはハンドクラップ。いわゆる手拍子です。この音も非常に特徴的です。
(山田)このリズムマシンの中にそうした音が元々入っているんですね。それを組み合わせて音楽を作ると。
(橋爪)ヤオヤを使った最初のヒット曲の1つにDJのアフリカ・バンバータが1982年に出した「PlanetRock」があります。この方は元々ニューヨークのギャングの親分でもあって、ヒップホップ史に残る3大偉人の1人でもあります。ぜひ聞いてもらいたい曲です。
ドイツのテクノグループでクラフトワークというアーティストがいるんですけど、それを意識して作られてるようです。ヤオヤでビートを全部作っていて、バスドラムの音やスネアの音などまさにヤオヤの特徴をそのまま生かしてるという感じです。
みんな一度は聞いたことがある?ヤオヤの特徴的なサウンド
(山田)ヤオヤの音はきっとわれわれもどこかで聞いていますよね。(橋爪)耳馴染みがあると思います。ヤオヤは音だけでなく、リズムパターンが32個あって、これを自由に組み合わせて1曲分丸ごと記憶ができたという点も特徴に挙げられています。このような機能を持つ機材は世界で初めてだったんですよ。楽譜が読めなくてもすぐビートが作れるので、それほど音楽的な素養がなくてもすぐにラップができるという流れで多用されたということです。
(山田)だからヒップホップの発展につながったんですね。それを作ったのが浜松市のローランドだと。
(橋爪)ヤオヤは1980年に発売されたんですけど、当時は大阪が本社で、浜松には工場がありました。実は販売されたのは82年までで、全世界で1万2000台しか売れてなかったそうなんです。開発された方々の話を聞いても「あんまり売れなかったんだよ」とおっしゃっていたりします。世界中の音楽プロデューサーやエンジニアがこの機材を使ったり、音をサンプリングしたりして広まり、終売してから人気が高まったようです。
(山田)もっとヤオヤを買ってもらいたかったですね。
ホイットニー・ヒューストン、カニエ・ウエスト、YOASOBIの曲にも…

(橋爪)ローランドさんも後継機に当たるような新しい商品というのは順次出してはいます。その間にヤオヤの音はヒップホップだけじゃなく、ダンスミュージックからテクノ、ポピュラー音楽までジャンルを問わず使われるようになりました。世の中のヒット曲でもたくさん使用されています。その一例が、1987年に全米ナンバーワンに輝いたホイットニー・ヒューストンの「すてきなSomeBody」です。このイントロ部分にまさにヤオヤの代名詞のようなハンドクラップの音が入っています。
ハンドクラップの音の開発者は菊本忠男さんという方で、今も浜松市内にお住まいです。2年前にインタビューしたんですが、「この音が非常に最初は不評だった」とおっしゃってました。「占い師の竹串をしばいたような音がする」とか言われたらしいです。
ちなみに、今年の4月にリリースされたYOASOBIの「アイドル」という曲でもヤオヤらしき音が聞こえてきます。ずっとポピュラー音楽の世界でよく使われているんですね。
(山田)もうヒップホップを広めていったのは浜松だと言ってもいいんじゃないですか。
(橋爪)ヒップポップ発展の一翼を担ったということは間違いなく言えるんじゃないかと思います。
(山田)今もなおヤオヤの音がいろいろと使われているということなんですね。
(橋爪)そうですね。この音をサンプリングして使ってる曲は非常に多いです。例を挙げると、カニエ・ウェストという全米で最も知名度が高いラッパーがいますが、彼が2008年にヤオヤの音を多用した「808s & Heartbreak」というタイトルのアルバムを出しています。
菊本さんはインタビューで、ヒップホップとの関わりについては「前衛的な音楽家の挑戦によるハッピーアクシデント。こちらの意図を超えた使い方」と話しています。一方で、あらゆるポップミュージックのクライテリオン(基準音)になったと多少誇らしげにされていました。まさにその通りだと思います。
(山田)なるほど。実は浜松の会社がヒップホップを支えていったというのも勉強になりました。今日の勉強はこれでおしまい!