リカレントなど、似た言葉とは何が違う?
リスキリングという言葉、ご存知ですか? 岸田首相の「育休中のリスキリングを支援」というニュースで知った方もいると思います。今回はリスキリングについて、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明さんに、SBSアナウンサー近江由佳がお話をうかがいました。
組織(会社)が従業員にリスキリングの機会を提供する
近江:リスキリングとは、どのようなものですか。後藤:もともと英語で「reskill(リスキル)」という他動詞として使われている言葉で、新しいスキルを習得させるという意味です。組織・企業が従業員にリスキリングの機会を提供する、という使い方になります。現在、メディアでは『リスキリング(学び直し)』という和訳がつくのですが、これは半分正解、半分不正解なんですね。
個人が自由に好きなことを学ぶリカレント教育とは異なります。DX(デジタルトランスフォーメーション)など、組織の新しい事業戦略を担う従業員に、職業能力の再開発を行うのがリスキリングなんです。リスキリングを説明するなら、「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ、実践し、そして新しい業務や職業に就くこと」と言えるのではないかと思います。学ぶことが目的なのではなく、新しい業務・新しい仕事に就くことがゴールになります。
近江:新しい仕事に就くことがリスキリングのゴールになるんですね。リスキリングとリカレント教育は混同しやすいと思います。他にも間違えやすいものはありますか?
後藤:和製英語の「スキルアップ」も混同しやすいかなと思います。英語では「upskilling(アップスキリング)」という言葉があります。例えば「経理部の方がより高度な経理のスキルを身につける」というように、上(アップ)に行くイメージですね。これとリスキリングが混同されていることも多いですね。
労働者が社内の成長事業・成長産業に就けるように
近江:日本では導入が遅れているリスキリングですが、どうして必要なのでしょうか。後藤:海外でリスキリングが定着したのは、AIやロボティクス(ロボット工学)といった人間の労働を自動化していくオートメーション技術の進展によって、人間の単純作業が不要になっていくということが大きな理由です。労働者が自動化されてなくなる仕事から、社内の成長事業や成長産業に就けるようにする「労働移動」を実現するのがリスキリングなんです。
近江:リスキリング、海外では当たり前にやっていることなんですか。
後藤:そうですね。最初にアメリカやヨーロッパなどで注目されたのは2016年ごろです。日本はかなり出遅れてる感があります。リスキリングは組織で行うべきものだという考えがあるので、企業の中で非生産的な業務やデジタル技術で自動化できる業務についている方々をリスキリングしていくことが進んでいます。
日本のリスキリング事例 電話帳の印刷 → デジタルマーケティング
近江:日本でのリスキリングの事例はありますか。後藤:名古屋にある西川コミュニケーションズ株式会社を紹介します。1906年に創業した会社で、もともと電話帳を扱っていた老舗の印刷業の会社です。日々の生活で電話帳を使わなくなりましたので「これはまずい」ということで、リストラをせずにデジタルマーケティングや3DのCG、AIの導入支援をする会社に生まれ変わりました。
近江:電話帳の業務は全部なくして、そちらに移行したということですか?
後藤:はい。一部印刷の仕事もしているんですけれども、将来に備えてどんどん新しいことにチャレンジをしたというお話なんですね。この会社は2013年からリスキリングに取り組んでいて、社長自ら人工知能の資格を取得しました。従業員約400人のうち約80人がこの人工知能の資格を取っています。業務時間内の20%をリスキリングに充ててよいというルールで、社長の合言葉が「学びを止めると収入が下がるぞ」という、こういう会社なんです。
近江:すごいですね。今後、日本にリスキリングが広まっていくために必要なことはなんでしょうか?
後藤:就業時間内にリスキリングすることが、あまり認められていないんじゃないかと思うんですよね。帰宅後や週末にオンライン講座を見て自由に学んでください、というのがリスキリングみたいになってしまっています。業務として就業時間内に、新しい仕事に就くためにリスキリングをすることが一番重要じゃないかなと思います。
近江:リスキリングはこれから広がっていくと思いますか?
後藤:リスキリングをやらないと世界の競争から遅れていきます。日本企業の生き残りをかけて、やりたいとかやりたくないとかではなく、リスキリングをやらないといけないと思います。
近江:後藤さん、ありがとうございました。
今回お話をうかがったのは……後藤宗明さん
2021年、日本初のリスキリングに特化した非営利団体、ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。石川県加賀市デジタルカレッジKAGA理事、広島県リスキリング推進検討協議会/分科会委員、リクルートワークス研究所客員研究員を歴任。政府、自治体向けの政策提言および企業向けのリスキリング導入支援を行う。著書に『自分のスキルをアップデートし続ける「リスキリング 」』。