
3月中旬、同市中心部の大手町会館。古典落語「大工調べ」で棟梁(とうりょう)を演じる笑えもんさんの歯切れ良いたんかが響いた。ただ、客席を埋めたのは10人余り。「地元の独演会は7回目。徐々に観客が減るのは織り込み済み」と焦りは感じていない。
同市の港町の我入道出身。中学・高校時代は強豪の常葉橘(現常葉大橘)でサッカーに明け暮れた。進学した東京の医療専門学校を卒業後、臨床工学技士として就職した都内の病院で忙しい毎日を送った。21歳の時、「落語でも知っていると、かっこいいかな」と東京・池袋の演芸場を訪ねた。ライブ感のある話芸に引き込まれ、数年は趣味として落語を楽しんでいた。
転機は25歳の時。人の生死に触れ、緊張感ある日々を振り返り、「1回違うことをやってみたい」と、病院を辞めた。アルバイトをしながら“師匠探し”のために落語会に通った。
1年が過ぎた2020年2月、「面白くも感情を揺さぶられる」と憧れた立川談笑さんに入門した。直後に新型コロナウイルス禍が襲い、初高座は師匠宅で無観客の生配信。「今となっては良い『ネタ』」と笑うが、それだけに落語会への思いは人一倍強い。24年1月、自分で会が開ける二つ目に昇進すると、同月に東京、9月には地元沼津で毎月の独演会を始めた。
独演会では、古典落語の他、古典の大胆な改作で知られる師匠談笑さんの演目も演じる。「東京と沼津では客層も違う。高座の回数を増やし、反応を見て練り上げるしかない」と意気込む。
所属する落語立川流は、ほぼ年功序列で決まる他団体と違い、真打ち昇進は完全実力主義。「焦っても仕方ない。まずは自分を知ってもらわないと」と、地元の店を訪ねて、チラシを貼る。「沼津でも、映画のような娯楽の選択肢の一つになるように」と、地道に会を重ねる。