かつて林業で栄えた静岡県浜松市天竜区の山あいにある「水窪(みさくぼ)」という町は、大正時代に起きた大火の戒めとして、「ぎおん」という呼ばれる風習で、1年に2日間だけ花火をすることが許されている。この不思議な風習を律義に守る火に敏感な集落で、独居高齢者による放火事件が起きた。
今回の事件は偶然ではなく、男の孤立に伴う予兆があった。
少子高齢化が進む日本において、独居老人による万引き、傷害、そして、放火などといった事件は、全国で増加している。
『人が老いる』ということ。
孤独感を募らせ、思考が偏り、自暴自棄となる高齢者。
今回の事件は、現代の福祉体制の限界を象徴し、最悪とも言える結末となった。
高齢者支援・福祉の在り方を再考すべきタイミングであることは明らかで、このままでは同様の事件は増える一方だろう。
事件を受けた動き~独居老人への支援制度~被害者へのサポート
事件から約3か月後。2024年1月から、静岡県司法書士会の犯罪被害者支援委員会は、「司法書士直通 被害者もあんしんダイヤル」(毎週火曜、木曜日 14時~17時まで/祝日・年末年始を除く)を開設した。
事件直後に現地入りもした榛葉隆雄委員長は「専門領域の垣根を超えたチーム支援体制」を構築し、突然。被害者になった人たちの安心に貢献したいと語った。
一方で、独居高齢者に対する支援制度のアップデートは確認できなかった。
10月23日、裁判の結末。
この日、静岡地裁浜松支部の担当者が、記者に「10月18日付けで本件の公訴棄却(=裁判の打ち切り)を決めた」と明らかにした。
男は亡くなっていた。

「この火事で、亡くなった人はいなくて。『命があって良かったね』って、励まされるんです。私はね、『メラメラ燃えている自分の家の中に、飛び込めば良かったかな』って、思う日もあるんです」
法による裁きもなくなり、宙ぶらりんになった被害住民たち。
事件から、季節が一巡した。小さな山あいで、被害者となった住民たちの生活は続いている。放火が起きたストレスで、いまも体調を崩している住民も多い。
被害住民たちの言葉

「いまは真新しい寝室で眠るわけですけれど、いつもいつも、『私はいま、焼ける前の寝室で横になっている』って、一生懸命想像するんです」
「あの時は最低限のものを持って飛び出しました。でも、どんなものよりもまず、子どものアルバムを出せばよかった」
ある被害住民の庭では、あの火事で焦げた花が、今年も茎を伸ばし、花を咲かせたそうだ。
「本当、驚いたよ。ただ、それを見ても…前向きにはならない」
「『あの人』を、なんとか助けたくて、一生懸命だったのよ。私たち」
記者の問いかけに対して、時折笑顔も見せて話していたある住民が、突然、俯いた。
「でも、『あの人』の勝手で、近所の家がみんな燃やされて、みんな苦しんで、『あの人』は裁きも受けずに亡くなって…、家族トラブルに自分たちを巻き込んで、迷惑をかけるだけかけて、いなくなって…この山奥の町で、一緒に根を張ってきた『お隣さん』が亡くなったのに、そんな風に思う自分が嫌になる」
(了)
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