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「手術せず性別変更」認める 全国初の違憲判断 まとめました

 生殖機能をなくす性別適合手術をせずに、性同一性障害と診断された人の戸籍上の性別変更を、全国で初めて認めた静岡家裁浜松支部の判断。性別を変えるのを定めた「性同一性障害特例法」の内、事実上生殖腺の除去手術を必要とする要件は「憲法違反で無効」だとする判断を示し、申立人鈴木げんさん(48)の性別を、女性から男性に変更することを認めました。これまでの家事審判の流れと、申立人の思いを振り返ります。


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「性同一性障害特例法」の要件は「憲法違反で無効」 静岡家裁浜松支部

 生殖機能をなくす性別適合手術をせずに、戸籍上の性別変更を申し立てた浜松市天竜区の鈴木げんさん(48)の家事審判で、静岡家裁浜松支部は12日までに、性別を変えるためには生殖腺の除去手術を必要とする「性同一性障害特例法」の要件は「憲法違反で無効」だとする判断を示した。鈴木さんの性別を女性から男性に変更することも認めた。判断は11日付。弁護団によると、違憲判断は全国初。

鈴木げんさん
鈴木げんさん
 審判理由で関口剛弘裁判長は「性別は個人の人格的存在と密接不可分で、性同一性障害者にとって性別の変更は社会生活上の不利益を解消する」と指摘。身体に重い負担がある生殖腺除去手術を受けざるを得ない状況は違憲であるとした。
 別の人による同様の申し立てに対して最高裁は2019年、特例法について「現時点では合憲」との判断を下した一方、「憲法違反の疑いが生じていることは否定できない」とする補足意見も示していた。
 今回の家裁判断では、性別の変更制度が定着してきていることや、生殖不能を性別変更の要件としない国際社会の動向に言及した上で、「社会の急激な変化に配慮する」という特例法の規定は「必要性や合理性を欠くに至っている」と認定した。
 鈴木さんは幼少期から女性として扱われることに違和感があり、40歳で性同一性障害の診断を受け、21年10月に家裁に性別変更を申し立てた。鈴木さんは「まだ実感はないが、住民票や保険証を変更する度、本当に戸籍上の男になったと感じられるはず。同じ悩みを抱える人が、自分の性を認められる社会になってほしい」と語った。弁護団の水谷陽子弁護士は「現在の社会の流れを捉えた踏み込んだ判断を示してくれた」と評価した。
 (浜松総局・岩下勝哉)

静岡県立大国際関係学部の犬塚協太教授(ジェンダー社会学)の話
 社会状況の変化を踏まえ、時代の流れにさおさした適切な司法判断だ。2004年に同法ができた当時は社会の関心はごく一部だったが、約20年が経過して若い世代を中心に社会全体のジェンダーや性の多様性に関する関心が高まってきた。今回の判断をきっかけに、共生社会の理念を前提にした情報を基に性と人権について考え、みんなが自分ごととしてとらえていく必要がある。
 (デジタル編集部・金沢元気)
〈2023.10.13 あなたの静岡新聞〉

制定から約20年「特例法」要件の違憲性問う 鈴木さん(浜松市)

 LGBTなど性的少数者らでつくる浜松TG(トランスジェンダー)研究会代表の鈴木げんさん=浜松市天竜区=が、性同一性障害(GID)の戸籍上の性別変更要件を定めた特例法の違憲性を訴える家事審判の申し立てを計画していることが、分かった。同様の申し立ては全国で2例目。今秋ごろ、静岡家裁浜松支部へ申し立てる。鈴木さんは「誰もが性自認通りの戸籍が与えられる社会にしたい」と訴える。

審尋後の会見で語る鈴木げんさん=14日午後、浜松市中区
審尋後の会見で語る鈴木げんさん=14日午後、浜松市中区
 申し立てでは、「性同一性障害者特例法」における戸籍変更要件の違憲性が焦点となる。同法では、生殖機能がない状態が要件の一つに定められ、戸籍変更には精巣や卵巣などの除去が求められる。
 4歳ごろから自身の性別に違和感を抱き始めたという鈴木さんは、戸籍上は女性だが、性自認は男性。約6年前から「男性らしい見た目」を得るため、ホルモン治療を受け、現在は「男性」として、女性のパートナーと生活している。
 性別適合手術を強いられる現行法の要件を不当とし、未手術のまま戸籍変更を申請する。「体にメスを入れないと戸籍変更が認められないのは、身体的、精神的な負荷が大きすぎる」とし、人権保障を求めていく考え。
 2016年に岡山県在住の(戸籍上は)女性が起こした同様の家事審判では、19年1月に最高裁の合憲判断が下されている。ただ、「憲法違反の疑いが生じていることは否定できない」とする補足意見も示され、社会状況の変化による判断変更への含みを持たせた。
 弁護団の水谷陽子弁護士(愛知県弁護士会)は「特例法によりGIDの家族形成の権利と平等権が侵害されており、憲法違反と言える。身体の侵襲を受けずに性自認が尊重されるべき」と強調。憲法における法の下の平等や個人の尊厳、男女平等の観点から、特例法の違憲性を争う構えだ。
 鈴木さんは「性の在り方は多様。いろんな選択肢があることは、豊かな社会の大前提。申し立てが、未来の子どもたちにとっても生きる糧になると信じている」と語る。
 (天竜支局・垣内健吾)
 性同一性障害者特例法 性同一性障害者に関する法令上の性別の取り扱いを定めた特例法として、2004年7月に施行。性別変更の審判が可能となる5要件として①二十歳以上②現に婚姻していない③現に子供がいない④生殖腺がないまたは生殖腺の機能を永続的に欠く状態にある⑤他の性別の性器に近似する外観を備えている-が定められている。
 一方、19年5月の世界保健機関(WHO)総会で、国際疾病分類において性同一性障害が「精神障害」の分類から除外され、「性別不合」に変更されることが承認された。04年には、英国で性別適合手術を受けずに法的性別の変更を認める「性別承認法」が成立。以後、欧州を中心に性別変更の基準を見直す流れが加速している。
〈2021.7.8 あなたの静岡新聞〉

「僕には当たり前のこと」記者会見で喜び語る

 「僕にとって、当たり前のこと」。性同一性障害と診断された人が戸籍上の性別を変えるには生殖能力をなくす手術が必要、とした法律規定は憲法違反とした静岡家裁浜松支部の決定を受け、申立人の鈴木げんさん(48)=浜松市天竜区=は13日、同市中区で記者会見し、「男として生きてきた僕の戸籍が男になっただけ」と心境を語った。

戸籍上の性別変更が認められ、「僕にとっては当たり前のこと」と話す鈴木げんさん(右)。パートナーの国井良子さんも同席した=13日午後、浜松市中区
戸籍上の性別変更が認められ、「僕にとっては当たり前のこと」と話す鈴木げんさん(右)。パートナーの国井良子さんも同席した=13日午後、浜松市中区

 幼少期から女性として扱われることに違和感があり、40歳で性同一性障害と診断された鈴木さん。今回の決定について「弁護団をはじめ、さまざまな仲間たちの努力のおかげ」と喜び、周囲への感謝の言葉を述べた。
 家裁決定は、性別変更の審判が可能になる五つの要件を定めた「性同一性障害特例法」のうち、生殖能力の喪失が求められ、事実上手術が必要となる要件について「意思に反して身体への重い負担がある手術を受けざるを得ないのは、必要性や合理性を欠く」との判断を示した。鈴木さんは「自分の体のことは自分で決めたい。特例法が改正され、多様な性が受け入れられる豊かな社会になってほしい」と訴えた。
 鈴木さんは2020年、同市の国井良子さん(51)とパートナーシップを宣誓し、事実婚のカップルとして公認された。会見に同席した国井さんは「これまでの生活が特に変わるわけではない」としつつも、「男になった夫が隣にいるんだなとの実感が湧いてきた」と笑みを浮かべた。
 国井さんとの法律婚については、鈴木さんは「全国に同性婚の訴訟をしている人が多くいる。みんなと一緒に幸せになりたい」として、結果が出るまで待つ方針を示した。
 弁護団の堀江哲史弁護士は家裁決定について「かなり丁寧に検討して結論を導いている。『満額回答』と言える」と満足げに語った。鈴木さんとは別の人が申し立てた家事審判で、最高裁大法廷が近く憲法判断を示す見通しであることに触れ、「筋が通った今回の家裁決定と違う判断を出すのは難しいのではないか」との認識を示した。
 (浜松総局・岩下勝哉)

静岡県内当事者から喜びの声、法整備も期待

 生殖能力をなくす手術をせずに戸籍上の性別変更を認めた静岡家裁浜松支部の決定を受け、県内の当事者からは「夢にも思っていなかった」という喜びの声とともに、さらに踏み込んだ当事者に寄り添った法整備に期待する声が上がった。
 女性として生まれ、性自認は男性の安池中也さん(53)‖静岡市駿河区‖は「手術をしなくても性別変更が認められることは心身の負担軽減につながる」と歓迎した。性別適合手術の選択も考えたが、体の負担などの事情が重くのしかかっていたという。「まさか日本でこのような判断が出るとは夢にも思っていなかった」と語った。
 戸籍上は男性だが、会社で女性として働く藤森咲紅さん(30)=浜松市北区=は「人権の問題として捉え、当事者の希望に寄り添う法律の整備を」と性別変更の要件を定めた「性同一性障害特例法」の改正に期待する。
 性的少数者の支援団体「QUEBEC(キュベック)」の久米泰代代表(43)=同市南区=は「今回の判断は性的マイノリティーの当事者にとって励み」と強調。静岡大の根本猛名誉教授(憲法学)は、最高裁が近く示す見通しの憲法判断に向けて「前向きなイメージや兆しになる」と評価した。
 (浜松総局・池田悠太郎)
〈2023.10.14 あなたの静岡新聞〉

最高裁の大法廷で憲法判断へ 年内決定の見通し 4年前からの社会情勢など焦点

 心と体の性が一致しない性同一性障害の人が戸籍上の性別を変更する場合、生殖能力をなくすことを要件としている特例法の規定が憲法に反するかどうかが争われた家事審判で、最高裁大法廷(裁判長・戸倉三郎長官)は27日、弁論を開いて申立人側の意見を聴いた。年内にも決定を出し、憲法判断を示す見通し。要件は2019年に最高裁が「現時点で合憲」と判断しており、その後の社会情勢などをどう考慮するかが焦点となる。

記者会見する代理人の吉田昌史弁護士(右)ら=9月27日午後、東京・霞が関の司法記者クラブ
記者会見する代理人の吉田昌史弁護士(右)ら=9月27日午後、東京・霞が関の司法記者クラブ
 04年に施行された性同一性障害特例法は、性別変更の要件の一つとして「生殖腺がないこと、または生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」を規定。事実上手術を要する内容の是非が議論になっている。
 大法廷の弁論では、申立人の代理人が「自身の性別の在り方が尊重されることは、憲法により全ての個人に保障される基本的人権だ」と指摘。特例法が性同一性障害者の人権回復のために制定された趣旨に照らし「(申立人が)自分の性別で安心して生きることができるような判断を心からお願いします」と求めた。
 申立人は戸籍が男性で、性自認が女性の西日本に住む50歳未満の社会人。性同一性障害の診断を受け、長年ホルモン療法を続けている。生殖能力をなくす手術を経ずに性別変更を求めており、規定について「過大な身体的、経済的負担を課し、個人の尊重や法の下の平等を定めた憲法に反する」と主張している。
 自身はプライバシーへの懸念から公開の弁論には出廷しなかった。代理人によると、最高裁が前日の26日に設けた非公開の「審問」の場で大法廷の裁判官全15人に「性別変更を認めてもらえると、私の人生は助かります」と訴えたという。
 家裁では20年5月、高裁段階では同9月に申し立てを退けられており、いずれも手術を受けていないのが理由だった。
〈2023.9.27 あなたの静岡新聞〉
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