(文=論説委員・橋爪充、写真=橋爪[人物]、久保田竜平[本])
ずっと「滋賀の主婦」という自認で生きている
-「成瀬シリーズ」は出版界のシンデレラストーリーですね。単行本3冊目で完結ですが、「書き続ける」という選択肢はなかったのでしょうか。宮島: 3冊を区切りとして決めていたんです。「都を駆け抜ける」を書き終わった時にやり切ったという思いもあったので、予定通り「完結」という形にさせてもらいました。自分が元気な間に、納得のいく形で終わらせたかったということです。
-3冊と決めたのはいつ頃でしょうか。(シリーズ第1作の)「ありがとう西武大津店」を書いた2020年なのか、「天下を取りにいく」の小説が出来上がった時なのか。
宮島: 1冊目の単行本の時ですね。その時点では1冊で終わるつもりでした。ところが書き終わった直後に、出版社側から「続きを書いてほしい」と言われて。まあ、そこに同意したわけです。「3作目まではやります」と言って。それを成し遂げたので、一区切りです。
-「都を駆け抜ける」で主人公の成瀬あかりは京都大の1年生です。この先を見たいというのが、多くの読者の本音だと思います。一方で、大学の高学年になると就職をはじめとした社会との接点がさらに増えて、これまでの「成瀬シリーズ」の世界観に齟齬が生じるような気もして。宮島さんはそれを避けようとしたのかなとも思ったんですが。
宮島:その可能性があったからここまでにしたというのもありますね。
-シリーズ累計発行部数が180万部と帯にあります(インタビュー時。その後200万部突破)。 コミックも発刊され、舞台化も発表されたました。自分の作品がどんどん知名度を高めていく様子を、どう見つめていたのですか。
宮島:2024年に本屋大賞に選んでいただいた時に「大きくなったな」と思うようになりました。街で知らない人に声をかけられるということも結構あって。でも、1年たつと落ち着きまして。今は静かに、穏やかに時が流れています。
-想定以上の広がりでしたか。
宮島:自分の中ではあまりすごいことと思っていないんですよ。「成瀬シリーズ」を知っている人は、世界のごくわずかという意識は忘れないようにしようと思っています。
-とはいえ、作品に力があったからこそ多くの人が読んだと言えるわけです。書店に取材すると「普段はあまり本屋さんに来ないような人に足を運ばせる力があった」と言います。
宮島:自分ではわからないものなんです。メディアの方はそう感じられるのかもしれませんが、ずっと「滋賀の主婦」という自認で生きている。それに「小説家」が乗っかっただけです。普段の暮らしは変わりません。
「成瀬」を書くのはいつもしんどい
-「都を駆け抜ける」は短編6編という構成です。過去2作も同様の作りですが、あまり時制にとらわれていない印象があります。2冊目の「信じた道を行く」は成瀬が大学 1 年の冬で終わっていますが、「都を駆け抜ける」は入学時から始まる。時系列に縛られずに物語を作るのはどうしてですか。宮島:書きたいところにフォーカスを当てているだけです。重なっても別にいいと思っています。正直なところ「成瀬」を書くのはいつもしんどいんです。ポンポン(物語が)浮かぶわけではありません。1回1回舞台設定がリセットされて、そこからどんな人が出てくるのか。成瀬をどう料理するか。それを考えなくてはならない。大変なんですよ。
-「天下を取りにいく」の時は成瀬が突き抜けていて、島崎さんに代表される「普通の人」が周りに配置されている。ところが、「信じた道をいく」以降は「類友」的な人も出てくるようになる。どんどん面白い人が出てきますよね。私たちは一般に、中学、高校、大学とライフステージが進むにつれて、交友関係が広がっていき、世界が広がっていく。まさに現実世界で起こることと絶妙にリンクしているように感じます。
宮島:(登場人物が)パワーアップしているという感じはありますね。前に出てきた人と同じことをやらないように、と思って書いた結果ではないでしょうか。読者の期待を裏切らない形で書き続けたらこうなった。
-今回の登場人物で一番面白いと思ったのが、簿記YouTuberの「ぼきののか」です。小説新潮に掲載された時から新しさを感じました。
宮島:ののかは異端として書きました。(「信じた道をいく」に出てくる)呉間言実に近いのかな。成瀬にびびらないキャラクターを作りたくて。「ぼきののか」という名前が浮かんだ瞬間、「これはいける」と思いました。
-ののかはYouTuberですが、成瀬はSNSに依存してはいませんね。高校時代はスマートフォンも持っていない。そんな二人が関係を強めていくところに引きつけられます。
宮島:私自身は(SNSに)依存しているタイプなんです。 X(旧ツイッター)をよく見るんですよ。成瀬は私と対象的なキャラですし、当初はスマホを持っていないという設定からも異質感を出したかった。スマホを持っていない、 SNSをやっていない。それだけで同世代との間にずれが生じますから。
「うまくいきすぎるフィクション」
-最終話の「琵琶湖の水は絶えずして」は成瀬シリーズのオールスターキャストといった趣ですね。作者の宮島さんが心踊っている様子が伝わります。宮島:最後だから全員出そうと思いました。読者も見たいでしょうし。サービス精神の現れですね。「こんな人いたな」と皆さんに思い出していただけたらと。
-「そういう子なので」は大げさに言えば、成瀬シリーズ全体のテーマに近い話が出てきます。成瀬の母親が娘のやりたいことを自由にさせて、娘の行動を肯定する。フィクションとは言え、これを徹底するのは結構難しい作業だと思うんです。ただ、このことが世の中に受け入れられた大きな理由だと思います。自由と肯定の徹底についてはどの程度意識していたのですか。
宮島:私は「うまくいきすぎるフィクション」と呼んでいます。フィクションだからいいじゃんって。うまくいきすぎる、と指摘する人もいるでしょうけれど、小説には必ず「困難」があるというのも思い込みではないでしょうか。フィクションだから何もかもうまくいく。それでいいと思っています。
-完結した今、成瀬あかりという人物は宮島さんにとってどういう存在なのですか。
宮島:ビジネスパートナーですね。私をここまで大きくしてくれたのは成瀬なので。これからも仲良くやっていきたいなと思っています。
-今後はどんな作品を書きたいですか。
宮島:恋愛小説ですね。大人の恋愛を書きたくて。ゆっくり進めていこうと思っています。







































































