
2022年8月から2024年7月まで、各地方紙やブロック紙で連載された新聞小説を単行本化。1976年に始まり2022年に終わる大ボリュームの物語は徹頭徹尾、読書の愉悦を与えてくれる。
1965年7月13日生まれの鬼村樹が主人公。作者と生年月日が同じだ。幕開けの小学校時代は、どうやら横浜郊外が舞台らしい。これも作者のプロフィルに沿っている。幼少期に裾野市で暮らしたとも書かれている。読み進めていくと、少年時代に父親を亡くした樹はサッカーに夢中になり、大卒後は「タカ派な論調」の新聞社に入る。作者の人生そのものではないか。
となると、これは自伝なのだろうか。それはそれで面白いが…と読んでいく。少年期、青年期の樹の生きる社会は、当時の現実の日本社会と酷似している。1980年代の横浜ニュータウンはまだまだのどかな風景で、ドロップアウト気味の高校生は無免許でバイクに乗り、山口百恵の引退コンサートがあり、中森明菜が若者の人気を集めている。大学受験に向けて、高校3年生は予備校の夏季講習に通う。
ところが、2022年に近づくにつれて、小説世界と現実世界がどんどんズレていく。2000年代に入ると日本の憲法は改定され、日米地位協定も見直される。米国のアフガニスタン侵攻にも同行する。憲法改定に当たっては、与野党バーターの形で選択的夫婦別姓、包括的差別禁止法が実現する。
ノンフィクションとフィクションの間をスイングしているような構造だが、この小説が一筋縄でいかないのは、こうした横方向の行き来の中に、縦方向の行き来も含ませている点だ。
主人公の樹は小学5年時の担任だった「セミ先生」のすすめで「架空日記」を書くようになる。これがどういうものかというと、セミ先生いわく-
「自分の都合のいいお話を作って、そこに洗いざらいぶちまけるんだ。そして、悪い気持ちを日記という部屋の中に閉じ込める。というか、悪い気持ちの自分に、言葉という棲家を作ってあげる」
他人には見せない、自分だけのパラレルワールドを自分でつくり出す。この「架空日記」も、小説内で2022年まで続く。
つまり、この小説には三つの世界が封じ込められている。
1)星野さんの実人生(起点・土台)
2)主人公・樹が生きる小説内の世界(現実から徐々に逸脱したフィクション)
3)樹が記す「架空日記」の内部的世界(主人公の内なる感情が棲むパラレルワールド)
3者が互いに干渉しながら物語を進めている。読んでいると、作者が物語をつかさどる神的存在ではないような気がしてくる。「星野さんの人生」という目に見えない存在が、星野さんに代わって筆を執っている。そんな読後感が残る、極めて重層的な実験作だ。
(は)
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■「2025年しずおか連詩の会」発表会
出演:野村喜和夫(詩人)、川口晴美(詩人)、水沢なお(詩人)、星野智幸(小説家)、環ROY(ラッパー)
会場: グランシップ 11階会議ホール・風
住所:静岡市駿河区東静岡2-3-1
入場料:一般1500円、子ども・学生1000円(28歳以下の学生)※未就学児入場不可
日時:11月9日(日)午後2時開演
問い合わせ:054-289-9000(グランシップチケットセンター)





































































