【岐路に立つ修学旅行】訪日客の急増や物価高で、修学旅行が宿泊料金の高騰や貸し切りバスの確保困難に直面している。「日本独自の教育文化」とも言われる旅は、今後どうなっていくのか!?

静岡トピックスを勉強する時間「3時のドリル」。今回のテーマは「岐路に立つ修学旅行」。先生役は静岡新聞の川内十郎論説委員です。(SBSラジオ・ゴゴボラケのコーナー「3時のドリル」 2025年10月28日放送)
(山田)今朝、家の近くの小学校に大型バスが何台か来ていて、修学旅行かなと。

(川内)修学旅行を取り巻く環境が厳しくなる中、その質をどう確保し、高めていくか。費用負担の在り方などを含め、今日は考えたいと思います。

(山田)興味深いテーマですね。川内さんはどこに行きましたか。

(川内)私は小学校が東京、中高が京都・奈良でした。

(山田)僕は中学が京都・奈良で高校は長崎・熊本。高校はシンガポールの予定でしたが、9・11テロの影響で変更になりました。

(川内)今、高校は沖縄が多いようですね。海外の修学旅行はコロナ禍で中止になって以降、費用高騰などで復活しない傾向もあると聞きます。

学校生活の一大イベント

(川内)修学旅行は学校生活のビッグイベントであり、一番の思い出という人は多いのではないでしょうか。訪れた場所で目にしたことや体験での忘れがたい記憶はもちろんですが、それ以外では、昭和なら「枕投げ」「布団の上のプロレスごっこ」「バスガイドさんとの涙のお別れ」「夜間外出がばれて全員正座」あたりが思い浮かびます。

(山田)ガイドさんとその後、文通したという話もあったな。僕も朝食に遅れて先生にゲンコツをもらいました。

(川内)「好きな人の暴露大会」をはじめとする「徹夜の恋バナ」、「好きな人にプレゼントを買った」「告白した」「2人だけでこっそり観覧車」など恋愛系も定番でしょう。

「早く寝てしまったら顔にマジックで落書きされた」という話も。男子と女子の違いや、泊まりが大部屋から個室へという傾向での変化もあるかもしれません。

(山田)観覧車は大胆ですね。

(川内)「なぜか変な土産物を買ってしまった」という話も良く聞きます。非日常の中で、どこかハイになっているんでしょうね。

(山田)それあります。後で「自分でもなぜ買ったか分からない」というような物も。うちの番組スタッフの修学旅行は、韓国、沖縄、北海道など4コースの中から個人で選べたそうです。

(川内)今、そういうパターンが増えているようですよ。

(山田)好きな子と違うコースになったらショックだろうな。

(川内)みんなの共通の思い出ができないというのは寂しいかもしれない。

バスや宿泊業界は人手不足が深刻

(川内)今年、訪日客は年間3千万人を最速で突破し、通年でも過去最多が確実と先日、政府の発表がありました。円安などが追い風になっています。バス業界や宿泊業は残業規制の強化やコロナ後の需要回復に働き手が追いつかない状況もあり、人手不足が深刻です。

(山田)一度減らすと、増やすのは大変だ。

(川内)バスや宿の確保が難しくなり、文部科学省は昨年12月、全国の教育委員会と学校に修旅行はなるべく集中期を避けるよう通知しました。修学旅行は中学なら5~6月、高校は10~12月に集中し、高校はまさに今がピークです。

集中が起きるのは、授業の年間スケジュールや受験準備、気候など時期を決めるための判断材料が多くの学校で共通するためです。文科省は、閑散期なら「バスが確保できず、急きょ、電車移動に切り替える」「宿泊先が目的地で見つからない」などの事態を避けられるとしています。

(山田)時期が集中する事情はよく分かりました。

物価高も追い打ち

(川内)物価高も追い打ちをかけています。訪日客増加とも関係ありますが、特に宿泊費と交通費の高騰が修学旅行費を過去最高水準に押し上げています。国公立と私立の違いもありますが、2023年度の全国平均は中学で7万円、高校で11万円ほどでした。

(山田)ホテル代、上がっていますからね。リスナーから声が届いています。「高校の修学旅行費用は6万円だったと記憶しています」「小学校当時、ディズニーランドのチケット代は5500円でしたが、今や倍です」など。

(川内)各自治体は費用や日数の上限など「修学旅行実施基準」を定めていて、公立はその枠の中でやらなければなりません。

上限を引き上げる動きもありますが、保護者からの積立金で費用をまかない、家庭の経済的理由で参加できない生徒が少なからずいる中で、負担増は避けたいところです。

(山田)そんな決まりがあるんですね。

(川内)これまで通りの費用では旅行の質を保つことが難しくなっています。費用削減の工夫として、貸し切りバスに添乗するガイドを外す、宿泊日数を減らすなどがありますが、「思い出まで削られて寂しい」との声もあります。

(山田)そういう声は当然、出るでしょうね。

「京都離れ」の動きも

(川内)このような中で、象徴的な動きが「京都離れ」です。京都が中学の行き先でトップを続けるなど、修学旅行の目的地として人気なのは変わりありませんが、訪日客の集中で宿やバスが確保できない、路線バスやお寺の混雑の激化、予定通りのスケジュールがこなせないなどが理由で、金沢や四国などを新たな行き先に選ぶケースが出ています。

京都での班別活動で「訪問先を飛ばします」という連絡が相次ぎ、先生も大変だったという記事もありました。

(山田)京都で僕の班の女子がどうしても人力車に乗ると言って、集合時間に遅れちゃいました。

(川内)東京から金沢なら北陸新幹線で京都行きと時間は変わらず、城下町で加賀藩の歴史を学んだり、兼六園や美しいデザインなどが話題の新しい石川県立図書館などに行くことができます。

四国なら高知で幕末の歴史に触れ、わら焼きのカツオのたたき作りや香川でのうどん打ちなどを体験できるそうです。今年に限っていえば、大阪・関西万博を組み入れた学校も多かったかもしれません。

(山田)なるほど。高知で坂本龍馬か。体験も充実していそう。「京都離れ」はいいような気がする。

(川内)あくせくと動くのではなく、心に深く焼き付きそう。

無償化を打ち出す自治体も

(川内)やりくりについて「学校の自助努力は限界」との指摘もあり、公立小中の修学旅行について費用無償化を打ち出す自治体も出てきました。東京23区の一部や大阪府の一部などです。

東京都港区では2024年度から、全区立中10校でシンガポールへの修学旅行を実施しています。初年度の場合、費用は1人34万円で、うち保護者負担はパスポート代を含めて約7万円、残りは区が賄ったとのことです。

(山田)海外修学旅行の費用の多くを自治体が負担するのはすごい。

(川内)修学旅行は学習指導要領で教科と同列に位置付けられている特別活動の一つです。そのため、義務教育段階の修学旅行については全面的に公費でという声は以前からありました。

家庭の経済事情はさまざまで、物価高など保護者の負担が増している現在の状況を考えれば、なおさら全国一律で公費負担すべきではないでしょうか。自治体任せでは、住んでいる地域の財政力によって差が生じます。

(山田)確かに不公平な気がする。

(川内)修学旅行の費用負担については就学援助など公的支援制度もありますが、申告制であり、制度を知らなかったり、申請が面倒、あるいは「周囲の目が気になり利用をためらう」ということも考えられます。

子どもたちの体験格差を補う側面もある修学旅行が、逆に体験格差を広げることになってはいけないと感じます。

(山田)学校の所在地だけでなく、修学旅行を受け入れる側の自治体が支援する制度があってもいいんじゃないでしょうか。

(川内)あるんですよ。その地でのプログラム費用は受け入れ自治体が補助するというような。福岡市などが力を入れています。自治体の宣伝にもなりますし。

当初から「学びの旅」だった

(川内)ここで日本の修学旅行の歴史を振り返ってみましょう。1886年(明治19年)に筑波大の前身である当時の東京師範学校が千葉県の銚子方面に11泊12日の「長途遠足」(ちょうとえんそく)をしたのがその始まりとされています。全行程徒歩で、生徒の体力強化を図る「行軍訓練」という性格だけでなく、途中に鉱物や貝類の観察・採取、文化財の見学を取り入れました。

修学旅行は「思い出づくり」の側面はありますが、何よりも「学びの旅」であり、それは当初から現在まで変わりません。日本に根付いた「独自の教育文化」とも言われています。

(山田)京都が行き先の1位というのもそこですね。

(川内)現在、全員一緒にバスで名所旧跡を巡り、乗り降りで見学を繰り返すというような修学旅行は減っています。背景には現行の学習指導要領に「探求的な学習」が示され、修学旅行の体験活動とつなげようという動きがあると考えられます。

例えば、「平和学習」というテーマで戦争遺跡や関連する資料館を訪れ、現地の人と交流・対話する、海や山の豊かさを知るために農山村や漁村を体験するなどです。より深く学ぶために、少人数の活動を増やしたり学校ごとの特色ある取り組みをしたりという流れがさらに進むのではないでしょうか。

(山田)オリジナリティーのある学びの旅が増えそうだ。リスナーから声が届いています。
「いっそのこと、船旅2泊3日というのはどうでしょうか。混雑が無く、費用も安く済むような気がする」など。

社会変化への対応も求められる

(川内)増え続ける不登校の子どもたちへの対応、多忙化する教員の負担をどう考えるかなどです。修学旅行への不参加の理由では不登校の割合が最も高くなっています。当事者の判断を尊重すべきですが、共通の体験ができないことでさらに孤立することも考えられます。

行くことが登校再開のきっかけになるという考えもあるでしょう。「修学旅行だけ行ったら周囲はどう思うだろう」など本人も悩んでいるのではないでしょうか。

(山田)「一緒に行こうよ」と言ってあげたいけど、本当にケースバイケースですね。

(川内)事前に打ち合わせをした上で、一部だけ参加、宿泊は教員の部屋で、などの対応も考えられます。

(山田)修学旅行の引率は、教員の負担も大きいのではないでしょうか。

(川内)内容を深めようとすればなおさらです。保護者の危機管理要請が強まる中、事故防止や熱中症対策をはじめとする健康面への配慮など気苦労も相当でしょう。夜間の交代での生徒の見張りは良く聞くところですが、事後の会計報告も大変のようです。

(山田)本当にやることがたくさんありますね。

(川内)修学旅行は教科の授業と同様に位置付けられていて、全員参加が原則です。しかし、「旅行がぜいたくだった時代の産物であり、多くの人が自由に旅行できるようになった今、そもそも不要なのでは」という声もあります。教育活動としての位置づけと個性の尊重との兼ね合いなどを含め、考えるべき点は多いのではないでしょうか。

(山田)「楽しい思い出」というだけでは済まない部分がたくさんあることが良く分かりました。今日の勉強はこれでおしまい!

SBSラジオで月〜木曜日、13:00〜16:00で生放送中。「静岡生まれ・静岡育ち・静岡在住」生粋の静岡人・山田門努があなたに“新しい午後の夜明け=ゴゴボラケ”をお届けします。“今知っておくべき静岡トピックス”を学ぶコーナー「3時のドリル」は毎回午後3時から。番組公式X(旧Twitter)もチェック!

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