
(橋本)先日、大学で学生向けに新聞に関する講座が開かれ、そこで講師をやったんです。学生さんたちに当日の静岡新聞を読んでもらい、「一番関心を持った記事はなんですか」と尋ねて発表してもらうということをしました。そうしたら、「ヘルパーが高齢者宅を訪れて身の回りの世話をする訪問介護サービスを提供する事業所がゼロの自治体が、2024年度末時点で、静岡などを除く32都道府県の107町村に上ることが共同通信の集計で分かった」とう記事を取り上げた学生が結構多くいました。
(山田)皆さん、関心が高かったわけですか。
(橋本)看護学部の方がいたというのもありますが、他の学部でも選んだ学生がいました。若い人でもこういうニュースに興味持ってくれるんだなと思ったので、今日は取り上げてみます。
(山田)まさに自分が介護の道に進もうという方もいるでしょうし、もっとリアルに、自分たちが年老いたらってことも考えてるのかもしれない。
(橋本)そうですね。社会保障の公的なサービスがどうなるかっていうことに関心があるのかもしれませんね。
保険料を払っても、必要なサービスが受けられなくなる!?

(山田)改めて記事の内容を読むと、事業所がゼロになる町や村が100以上あるということです。そうなると、必要な介護サービスが受けられない可能性が当然出てくるわけですね。
(橋本)そこが一番問題だと思います。2000年から介護保険制度という制度が始まり、40歳以上になると皆さんの給料や年金から保険料を払っています。必要なときに必要なサービスが受けられるから、保険料を払っているということだと思うんですが、事業所そのものがないということになると、必要であってもそのサービスを受けられなくなる可能性が出てくるわけです。
(山田)払ってるのに受けられないかもしれないと。
(橋本)国全体で高齢化が進んでいますが、人口の多い団塊の世代の皆さんが後期高齢者と言われる75歳以上になってきて、介護サービスの需要も増えてくる時期です。ところがその肝心のサービスを提供する事業者がいないと、当然、サービスを利用できないということです。
記事ではゼロの町や村があるということでしたが、今潰れてしまう事業者が増えているので、そうした事業者が全くないという自治体がこれからさらに増えていく可能性もあると思います。
「県内は大丈夫」とは言い切れない!
(山田)でも一応、静岡県内にゼロの自治体はないということですよね。県内は大丈夫そうっていうことでいいんですか?(橋本)それが、そうとは言い切れないんですね。この話題に関心のある静岡新聞の論説委員が6月28日付の社説に取り上げたのですが、そこで「県内を含めて訪問型の介護事業が窮地に置かれている」というふうに訴えたんです。民間の調査会社によると2024年に倒産や廃業から解散した事業者が全国で784件だったそうですが、そのうち6割以上が訪問介護だったといいます。
(山田)そうなんだ。
(橋本)県内では廃業が12件で、このうちの9件が訪問型の介護サービスだということです。
(山田)なぜ、訪問型だけこんなに…?
(橋本)背景にあるのがヘルパーの不足、物価高によるガソリンや物資のコスト増。それからコロナ禍から続いている累積赤字などがそのまま積み重なって、というような事情があるようです。冒頭で取り上げた記事と同じ日に、訪問の入浴介護サービスについても、事業者が1件もないところが県内に今十数カ所あるというような記事も載りました。「事業所がないということは、実施するサービスの内容や曜日が制限される空白地が広がりかねない状況だ」ということが指摘されたんですね。
(山田)人手不足は介護業界だけじゃないかもしれませんが、コスト増も確かに影響してきますよね。訪問ということは移動するので、特に中山間地は移動するだけでも大変です。
訪問介護の基本報酬が引き下げられた

(橋本)よく指摘されることですが、介護はその他の業種に比べて賃金水準が低いと言われています。そのため元々人材が集まりにくい業界とも言われますが、24年度の介護報酬の改定で、訪問介護の基本報酬が引き下げられたということがあったんですね。
(山田)そうなんですか。
(橋本)現場の士気がそれで下がったということも言われています。多くのヘルパーさんは、何件か受け持ってサービスを提供してると思うんですが、中山間地などで提供先のお宅が離れていれば、その分移動距離が長くなって時間もかかり、効率が悪くなります。ガソリン代はロシアのウクライナ侵攻以降ぐっと上がっちゃいましたし、コロナ収束後も需要増でまたさらに値上がりしたような状況になっているので、コスト増で採算的に厳しくなっています。それで、経営が立ち行かなくなるっていう事業者さんが増えてるということだと思います。
(山田)先ほど話に上がった2024年度の介護報酬の改定ですが、介護報酬を引き下げたっていうことですよね。
(橋本)介護報酬というのは3年に1度見直されます。24年の改定で施設サービスの基本報酬が引き上げられたのに対して、訪問介護のサービスについては基本報酬が引き下げられたんです。
事前に行った事業者の経営実態の調査で、訪問介護分野の収益が大幅な黒字だったということを国は理由として挙げました。ただ 、利用者が密集している都市部と、広範囲に点在している中山間地などでは、その経営状態の開きが大きいと言われています。ひとくくりにして引き下げてもいいのかということがあります。
また、訪問介護の事業者は数が多いんですが、その内の多数を小規模や零細の事業者が占めていて、国が行った経営状況のアンケートにさえも手一杯で答えられないところも多いようです。「経営状態の良いところは余裕があるから調査に応じたが、経営が苦しいところはそんな余裕もなくて調査に応じていない」となると、経営状態がいいところの回答だけが調査結果に反映されるわけですね。そうすると、引き下げの根拠となった調査結果っていうのは、実態を反映してるのかっていうことにもなりますよね。
(山田)そうですね。
(橋本)そういうことも含めて考えると、そもそも介護分野の給料が低い中で、24年度に行った報酬の引き下げというのは適切だったのかどうなのかという疑問が湧きます。
(山田)ちょっと僕もびっくりですよ。引き下げなんですね。当然儲かってるところもあるんだろうけれども、今こういう状況で儲かってないところもたくさんあるってことはわかってるのになと思います。何か不公平な感じはします。
(橋本)経営状態の調査や、介護報酬の改定というのも介護保険制度を持続させるためにやると思うんですが、その調査や報酬改定で潰れる事業者が増えることになるのなら本末転倒だと思います。もっと現場の実態をよく見て、地域や事業規模に応じた対応をとることが必要なんじゃないかなと思います。
訪問介護サービスがなくなると、サービスを受けるお年寄りが困るだけでなく、サービスを利用することによって何とか仕事を続けているご家族が仕事を辞めて介護をしなくてはいけないということも可能性として出てきます。
(山田)当然、そうですね
(橋本)それ自体も社会の損失ですよね。だから、
介護保険制度を持続させるためには、財政面を切り詰めてやっていくことも必要かもしれませんが、それに加えて事業者や従事者のためのサービスの維持、そして利用者やご家族の生活を回していくことも視野に入れながら、どういう制度改定がいいのかを考えていかないといけないのだと思いますね。
まずはみんなで関心を持つことから
(山田)リスナーの方からは、「訪問介護をどうしてひとくくりで引き下げたのか。国会議員は広い視野で見てもらいたい」という意見が来ています。
(橋本)「専門的な能力のある人には加算をする」というようなこともやってはいるんですが、基本のところを引き下げたっていう状況ですね。
(山田)基本をちゃんと上げておかないと。僕が利用するときには、大丈夫なんですか?自分の親世代もそうだし。
(橋本)冒頭で紹介した学生さんも、そういうことが心配なんじゃないかと思うんです。まずは関心を持つということが大事だと思うので、新聞記事を読んでいろんな勉強をして、発信していってくれるといいですね。声を上げることによって制度がだんだん良くなってくるところもあると思います。選挙もありますし、まず第一歩として関心を持っていただけたらなと思いますね。
(山田)まず疑問を持つことは、いいことですもんね。今日の勉強はこれでおしまい!