異様な参院選です。事実上の政権選択選挙なのに与野党はバラマキ合戦の先陣争い。亡国の号砲が鳴り響いています。

 
子や孫の世代に幸あれと願うアラ還世代から申し上げたい。この参院選の政策論争は亡国の始まりを論じているように見えます。

野党はこぞって消費税減税を唱え、与党は現金給付で対抗。国政選挙のたびに跋扈(ばっこ)する「バラマキ」を非難し合うさまは滑稽と言うしかありません。少子化で働き手は減り、高齢化で医療介護や福祉予算は増大するばかり。恒久減税でないなら、いつの日か増税を国民に問う決意まで語ってもらいたい。財源を脇に置けば借金に頼るほかなく、負担は孫子の世代への付け回しです。多くの国政選挙を取材しましたが、この参院選の政策合戦の異様さは際立っています。

日本は低賃金の国

世論調査で物価高対策を重要視する人が圧倒的です。米価や生鮮食料品、生活必需品の値上がりが家計を圧迫しているから。しかし、政治家は「失われた30年」と称され、この国の経済がデフレ(deflation:物価が持続的に下落する状況)にもがき続けてきた経過に知らぬ振りを決め込んでいます。

デフレ下の日本で企業は適切な利益を商品価格に反映できず、設備投資は抑えられ、技術開発は勢いを失いました。必然的に従業員の給料は頭打ちで消費はさらに減退しました。デフレスパイラルと称されます。日本はかつて世界有数の給与水準でしたが、いまや欧米はもとより近隣の韓国などより賃金が低くなりつつあります。

だから日銀は「毎年2%くらい物価が上昇する経済状態」を目標に定めました。モノやサービスの価格は商品価値やコストに応じて安定的に上昇し、企業は応分の利益を計上することで給料アップの原資が確保されるのです。きのうよりきょう、買い物で財布から出ていくお金が増えていくとしたら、そのうちのいくらかは、あなたやあなたの家族が働いて得る賃金のアップにつながっているのです。

たとえ有権者の受けが悪くとも

日本はようやくデフレから脱却し、経済成長の入り口に立った状況です。持続的なインフレが経済成長に不可欠であることは、まともな政治家なら分かっているはず。なのに、大半の政党や立候補者は「物価高で国民は苦しんでいる」と叫び続けるだけ。有権者に寄り添う姿勢を示しているつもりなのでしょうが、実態は亡国の道まっしぐら。私たちは、たとえ有権者の受けが悪くとも、事態を正しく説明し、理解を求める努力をしない政治家を見極めなければなりません。

もちろん、一定の物価上昇を政策目標とするインフレターゲットは、その手法や目標値を巡り議論があります。並行して、いまの暮らしが立ち行かない世帯にどんな支援をすることが政治の役割なのかを見極めなければなりません。それには各世帯の収入状況の把握が不可欠で、こうした政策に役立てる方策として旧民主党政権当時にマイナンバー制度が立案されました。しかし、普及のための課題解決に知恵を絞ることより運用上の問題提起に熱心な政治家やメディアがいまだ、少なくありません。

石破首相が記したこと

石破茂首相の近著「保守政治家」の前文を紹介します。

戦前や戦中、戦争に反対する人を「非国民」と断罪し、日米の国力差も知らずに好戦ムードを高めていったのは他ならぬ「正義感に燃えた」多くの一般市民であり、これを煽ったのがラジオや新聞などのメディアでした。(中略)新型コロナウイルスが猛威を振るっていた頃、「自粛警察」なる言動が各地で起きていたことにも、ある種の類似性を感じます。好戦的な人々が横並びに走り、これをメディアが煽り、少数者の意見をないがしろにする。もしこれが、日本人が持つ一種の特性であるとするなら、健全な民主主義の発達のためにもそれと向き合い、それを克服していかなければなりません。(中略)こんな私に期待してくださる方々にはこう申し上げたい。もし私などが首相になるようなことがあるなら、それは自民党や日本国が大きく行き詰った時なのではないか。

私は大切なことを提起していると感じます。もちろんブーメランとなって首相に問われる論点を含めての指摘です。

経済対策としての減税に持続可能性は無いと解説する専門家はいますが、物価高を悪と決め付ける舌戦の中で消え入りそう。いまの政治情勢はくしくも、首相が記した「好戦的な人々が横並びに走り、少数者の意見をないがしろにする」「大きく行き詰まった」状況ではないですか。首相は腹をくくって本質的な政策論戦を主導していただきたい。

この参院選は、衆院で自民・公明両党の政権が過半数の議席を得ていない状況で行われているので、自公がこの参院選で過半数を割り込めば政局のうねりが来るのは必至。事実上の政権選択選挙と称されるゆえんです。だからこそ、政権を担う決意と意欲がある政党は物価高だけでなく、広範な独自政策を掲げ、国民に信を問う責任を負っているのです。
中島 忠男(なかじま・ただお)=SBSプロモーション常務
1962年焼津市生まれ。86年静岡新聞入社。社会部で司法や教育委員会を取材。共同通信社に出向し文部科学省、総務省を担当。清水支局長を務め政治部へ。川勝平太知事を初当選時から取材し、政治部長、ニュースセンター長、論説委員長を経て定年を迎え、2023年6月から現職。

静岡新聞SBS有志による、”完全個人発信型コンテンツ”。既存の新聞・テレビ・ラジオでは報道しないネタから、偏愛する◯◯の話まで、ノンジャンルで取り上げます。読んでおくと、いつか何かの役に立つ……かも、しれません。お暇つぶしにどうぞ!

あなたにおすすめの記事

人気記事ランキング

ライターから記事を探す

エリアの記事を探す

stat_1