
アニメを軸としたメディアミックス作品『ラブライブ!サンシャイン!!』は、アニメ第1期の放送開始から今年で9年目を迎えますが、現在もなお、国内外から多くのファンが作品の舞台である静岡県沼津市を訪れています。
作中に登場する内浦地区の海や沼津駅周辺などを巡り、作品の世界観を堪能する、いわゆる“聖地巡礼”は、ファンにとってかけがえのない特別な体験となっていますし、地元の店舗や観光施設などでは、作品とコラボしたイベントやグッズ販売などが盛んに行われており、訪れることで『ラブライブ!サンシャイン!!』の世界により深く浸ることができます。
また、作品をきっかけに沼津を訪れたファンたちが、豊かな自然や美しい景観、新鮮な海の幸、そして地域の人たちの温かさに惹かれ、沼津のまちそのものを好きになっていく様子も見られます。こうした尽きることのない魅力が、多くのファンを今もなお、沼津に引き寄せ続けています。
ファンの交流拠点「つじ写真館」
多くのファンで賑わっていた2月8日(土)のつじ写真館
1967年に開業し、半世紀以上にわたり地域に親しまれてきた写真館ですが、作中にモデルとして描かれているほか、スピンオフ作品『幻日のヨハネ』では重要なモデルとして登場しています。こうしたことから、写真館でありながら、作品とのコラボグッズを豊富に取り扱い、様々なコラボ企画を展開するなどしています。
また、つじ写真館のある「沼津あげつち商店街」は、作中で主人公グループ・Aqoursのメンバーである津島善子(ヨハネ)の住む場所として描かれており、この縁から商店街では作品とのコラボイベントやキャンペーンが積極的に開催されていますが、つじ写真館はその牽引役ともなっています。
コンテンツツーリズムとウェルビーイングの可能性
商店街の専務理事でもあるつじ写真館の峯知美さん(右)
近年、「ウェルビーイング(Well-Being)」という言葉が注目されていますが、沼津を訪れることで心が満たされ、幸福を感じているファンの姿は、まさにその概念を体現しているように感じられました。
ウェルビーイングは、個人の幸福だけでなく、地域社会の活性化や持続可能な社会の実現にも不可欠です。とかく経済的な側面から語られがちなコンテンツツーリズムですが、人々の心を豊かにし、地域社会に新たな価値をもたらすという点で、ウェルビーイングな社会の実現に貢献しうる可能性を有しており、こうした文脈から捉えてみても良いのではないかと思います。
“聖地巡礼”と心の充足
主人公グループ・Aqoursで装飾されたJR沼津駅南口
「『ラブライブ!サンシャイン!!』の聖地ということもあるが、まちの人が皆温かくて良い方ばかりで、もう一度来たいと思わせてくれる。そんなまちだなと思う」
「初めはアニメがメインで来たが、その内ここに来ることがメイン、楽しみになってしまい、気づいたら馴染みの店ができてきて、そこでご飯食べて、色々まわって楽しんでという感じになっている」
これはファンたちに、自身にとって沼津のまちはどのような存在なのかを尋ねた際の返答です。その言葉の端々から沼津を訪れることで得られる心の充足感がひしひしと伝わってきます。
好きな作品の世界に浸り、地域の人々と温かな交流を重ねる。コンテンツツーリズムはファンにとって、日常を離れた特別な体験であり、自己肯定感や幸福感を高める機会となっています。
「好き」が繋ぐ出会い、共感
この日は偶然、沼津に来て合流したという4人。作品をきっかけに仲良くなったという
沼津に来てたまたま出会って、たまたまお昼してみたいな。年齢も住んでいる場所も全くバラバラ。店の中で偶然会って、写真等の趣味を通じて話が合い仲良くなって、イベントの度に会ったりして。住んでいる所も全然違うが、つじ写真館が無かったら絶対に会うことはなかった。
<作品がきっかけで仲良くなった3人組>
『ラブライブ!サンシャイン!!』きっかけで知り合った。出会いも日本ではない。上海のイベントで仲良くなり、ずっとこうやって仲が良い。もう7年くらいずっと一緒にいる。『ラブライブ!サンシャイン!!』がなければ知り合っていない。つじ写真館で話をしていて仲良くなるみたいなこともあった。好きな作品が一緒だから、好きなことについて語り合って、仲がどんどん深まっていく。
沼津には1人で訪れる人もいれば、グループで訪れる人もいますが、取材を通して驚いたのは、それぞれ別々に沼津を訪れたファンが、偶然出会い、まるで約束していたかのように一緒に食事をしたり、イベントに参加したりする場面に幾度も出くわしたりしていたことです。
居住地はもちろん、年齢も異なる者同士が、“聖地”を通して繋がり、交流を深めています。沼津を訪れることは、単なる観光以上の、心身ともに満たされる貴重な時間となっていることが、その様子から伝わってきました。
関係人口の創出、そして持続可能なコミュニティへ
子どものハーフバースデーの撮影に来店したという東京から沼津に移住した夫婦
コロナ禍あたりから、“聖地移住”という言葉がクローズアップされるようになりましたが、移住にまで至らないにしても、コンテンツツーリズムは一時的な観光客の増加だけでなく、特定の地域に継続的に関わる人々である“関係人口”を創出し、地域社会の持続可能性に貢献する可能性を秘めています。
地域住民がファンを温かく迎え入れ、ファンが地域に愛着を持ち、地域を応援することで地域に活力を与える。この相互作用が、持続可能なコミュニティの形成に繋がり、地方都市が抱える様々の課題の解決に寄与する可能性があります。
これは、地方創生の一つのかたちを示していると言えるかもしれません。そして、「つじ写真館」のように、地域とファン、そしてファン同士を繋ぐハブとなる存在は、こうした好循環を生み出す上で重要な役割を果たしています。
地域住民の「生きがい」と「誇り」を創出
つじ写真館の辻栄子さん
最初はラブライブ!というのもなかなか言えなくて、ラブラブなんだったっけ?そんな感じだった。商店街のご年配の私たち位の方でも、嬉しくって長生きできます。元気がもらえて。色々な方とお友達になれて私たちも嬉しい。
コンテンツツーリズムは地域住民のウェルビーイングにも寄与しています。ファンとの交流を通じて、地域に暮らす人々の心の豊かさや充実感が育まれ、日々の活力や生きがいへとつながっています。
さらに、ファンが地域を訪れることで、地域住民自身が当たり前と思っていた場所や文化の価値を再発見し、自分たちのまちの魅力に改めて気づくきっかけにもなっています。こうした世代を超えた交流が、地域に新たな賑わいを生み出し、地域の人々が「自分たちのまち」に対して誇りを持つことへとつながっています。
ウェルビーイングを媒介する“聖地”
作品をきっかけに仲良くなったという3人。取材中に偶然、店の前で出会い合流した。
アニメや漫画・ゲームといったコンテンツは、それ自体が人々の精神的な健康や幸福に寄与する存在ですが、ファン同士やファンと舞台モデル地域との交流を促進することで、共通の趣味や価値観を分かち合う連帯感を生み出すのと同時に、地域社会にも活力をもたらすことができます。
こうした点において、アニメや漫画の“聖地”は、単なる観光地にとどまらず、人々のウェルビーイングを促進する媒介者と言えるのかもしれません。
(文:深夜の天輔星)