LIFEライフ

SBSラジオ IPPO

キャラクターを印象づける「役割語」とは?

「長いこと一人にさせちまってごめんな…」という台詞を見て、これを言った人は何歳ぐらいで、どんな性格だと思いますか? 今回は、役割語の名付け親、放送大学大阪学習センター所長(特任教授)の金水敏(きんすい・さとし)さんに、SBSアナウンサー近江由佳がお話をうかがいました。
※2023年3月1日にSBSラジオIPPOで放送したものを編集しています。

画像提供:金水敏さん

人物像やキャラクターと結びついた話し方

金水:「その秘密を私は知っています」という意味の台詞を2つ紹介します。それぞれ、どんな人がしゃべっていると感じますか?
「そうじゃ その秘密 わしがしっておるのじゃよ」
「そうですわ その秘密 わたくしが存じておりますわよ」

近江:ひとつめは、おじいさんかなと思いました。ふたつめは、女性がしゃべっているイメージがあります。

金水:内容は同じなのに、言い方を変えると頭に浮かぶ人物像が変わりますよね。日本語には人物像やキャラクターと結びついた話し方があるなと気づき、これを「役割語」と名付けたわけです。

近江:なるほど。「そうじゃ」って言われたら、おじいさんを思い浮かべますよね。

金水:実際、そういう風にしゃべるおじいさんやお嬢様が周りにいるかというと……。

近江:いない!

金水:歳を重ねておじいさんになったらしゃべり方を変えるかというと、そんなこともなさそうですよね。

近江:こういうものを総称して「役割語」と名付けたんですか?

金水:そうなんです。

近江:役割語の研究を始めたのはいつごろですか?

金水:1990年代に研究を始め、2000年に学会で論文を発表し、2003年に岩波書店から『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』を出しました。

この本がわりと多くの方の目に留まって、研究者やアニメ制作に携わっている人、劇作家、実作者の方などいろいろな方に興味を持っていただきました。

近江:役割語に注目するようになったきっかけはありますか?

金水:研究者として2006年に『日本語存在表現の歴史』を出版しました。「あそこに人がいる/おる/ある」というような動詞の歴史や方言について研究したものなんです。出版の準備をしている時に「わしはここにおるぞ」という用法に気がつきました。

漫画の博士キャラが「わしはここにおるぞ」のように「おる」を使うんです。私の世代だと『鉄腕アトム』のお茶の水博士を思い浮かべます。方言とも口語ともいえない、漫画やアニメの中で特定の年齢・性別・職業等に特化したしゃべり方があるんだなということに気がつきました。

歌舞伎や浄瑠璃に「役割語」

近江:役割語が性別・職業などに結びつくようになったのはいつごろですか?

金水:古くは平安時代から、そのような認識はありましたが、広く発展したのは江戸時代からと言えます。歌舞伎や浄瑠璃、当時の小説でキャラクターによって言葉遣いを変えるようになりました。近代になると、小説や映画、子供向けの漫画・アニメなどで多く使われるようになって、現在に至ると考えられます。

近江:言い回しをエンターテインメントとして使ったということなんですか?

金水:そうなんですよ。海外でも方言や外国人のしゃべり方をおもしろおかしく使うことはあります。日本語の場合は役割語の種類が豊富で、エンターテインメントに活用しているのが特徴的だなと思います。

近江:英語にも役割語がありますか?

金水:例えば、黒人英語があります。映画『ビバリーヒルズ・コップ』に出てくる黒人の刑事、アクセル・フォーリー(エディ・マーフィー)のような独特なしゃべり方ですね。『風と共に去りぬ』の奴隷のメイドの言葉も黒人の訛りがあります。

それから『ハリー・ポッター』のハグリッドっていう巨人のキャラクターは、かなりなまっているんです。それが日本語版では田舎言葉風に翻訳されています。英語の「役割語」と言ってよいと思います。

ステレオタイプな見方につながることも

近江:役割語の必要性・重要性はどんなところにありますか?

金水:台詞を聞くだけで人物像が浮かぶのは大きな特徴です。例えば、役割語がないと落語はなかなか成り立たないと思います。漫画・アニメなどのエンターテインメントでは、人物像を短時間に知らしめるのに有効です。

また、お嬢様みたいな姿なのに言葉遣いは汚いとか、そういう「ズレ」みたいなものを使ってキャラクターに厚みを出すことができます。

近江:私たちは役割語をいつ、どうやって身につけているのでしょうか?

金水:幼児向けの絵本や子供向けのアニメを見ていると、役割語がたくさん出てくるんですよね。小さいころから刷り込まれていると考えられます。

近江:みんなが人物像を思い浮かべる「役割語」ですが、逆に決めつけにもなってしまうのかなと思います。

金水:男性の場合「行け!」という命令形が使えますが、女性は「行って!」というふうに言わないといけないんですよね。日本語の女ことばは、ていねいで控えめ、主張を弱めるという特徴があります。

役割語を知っている日本人は「女性のしゃべり方はこう」というステレオタイプをいっしょに学んでいることになります。女ことばが女性の立場を弱めて表現しているとしたら、場合によっては世の中にプラスではないと言えるかもしれません。

近江:役割語という観点から、格差や平等などを考えていくのは新しい視点だなと思いました。すごく勉強になりました。金水さん、ありがとうございました。
今回お話をうかがったのは……金水敏さん
1956年大阪生。放送大学大阪学習センター所長、大阪大学大学院文学研究科名誉教授。日本学士院会員。大阪女子大学助教授、神戸大学助教授、大阪大学大学院人文学研究科教授等を経て、2022年より現職。専門は日本語の文法の歴史および役割語研究。主な著書として、『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波書店、2003年)、『日本語存在表現の歴史』(ひつじ書房、2006)、『コレモ日本語アルカ?―異人のことばが生まれるとき』(岩波書店、2014年)、『〈役割語〉小辞典』(研究社、2014年)がある。

SBSラジオIPPO(月~金曜:朝7:00~9:00)忙しい朝を迎えているアナタに最新ニュースはもちろん、今さら人には聞けない情報をコンパクトに紹介!今日の自分をちょっとだけアップデート!番組公式サイトX(旧Twitter)もぜひチェックを!
radikoでSBSラジオを聴く>

あなたにおすすめの記事

RANKING