
■新たな課題「コミュニティの分断」
2025年9月5日に発生した国内最大級の竜巻災害から2026年5月5日で8か月が経ちますが、静岡県牧之原市ではいまも77世帯が仮設住宅での避難生活を強いられています。
住めなくなった家を離れるなど新たな生活を始める被災者がいる中で、「コミュニティーの分断」という新たな問題が出てきています。
■「話し相手がいなくなった」
牧之原市が竜巻災害後に設置した「ささえあいセンター」の生活支援相談員は、被災者の元を定期的に訪ね、悩みを吸い上げます。
<被災者 大石春男さん(81)>
「雨戸が飛んじゃって、屋根が飛んじゃった。ここはもう水浸し」
竜巻から8か月が経ち、ある悩みが増えているといいます。
<妻・文子さん(78)>
「同じ班でも『もう三島の方へ行く』と決心した人もいるしね。竜巻のせいなのか分からないけれども、体調を崩してる人が多い。だからあんまりみんな出歩かない」
「ささえあいセンター」には、「引っ越し先の近所付き合いがなく、寂しい」「近所の人が避難して、話し相手がいなくなった」といった相談が増えています。
■憩いの場だった居酒屋は「更地」に
平賀正廣さん(67)は、居酒屋兼住宅の屋根が飛ばされ、大規模半壊の判定を受けました。平賀さん夫婦が営んでいた居酒屋は近所の人にも慕われる場所でしたが、今はもう更地です。
<平賀正廣さん>
Q:みんなが集まる場所をもう一度作ってほしいと言われたら?
「どうかなー。多分、やらないね。そこに桜咲いてるけど、みんなでバカみたいにここで花見やったりさ、そうやって、やってたことを思い出すとやっぱり面白かったかなと思うけどね」
居酒屋を再開する気力は、今はないと話します。
■過去の震災が教える「孤独死」の教訓
震災後の「コミュニティーの分断」は、過去の災害でも大きな問題に繋がってきました。
<被災者ケアに詳しい 静岡大学 望月美希講師>
「阪神淡路大震災で、避難生活やその後の災害公営住宅に移られた際に、社会的孤立の状態に陥ってしまう被災者がいた。最悪のケースになると、孤独死という形で発見されてしまう方もいた事が社会問題になった」
住む家を失った被災者などが誰にも看取られずに亡くなる「孤独死」。
阪神淡路大震災と東日本大震災では、200件から300件近い孤独死が確認されたという報告もあります。
東日本大震災以降、アパートなどを借り上げる「みなし仮設」など避難の選択肢が増えたことは歓迎される一方、孤独死のリスクはより高まっているといいます。
<静岡大学 望月講師>
「そこに住民票があるとか、そこの自治会に入っているとか、その自治組織が地域コミュニティーと呼ばれていたが、これからは転出した被災者が『ここがふるさとだよ』と呼べる、新しいコミュニティ像をみんなで共有していく必要があると考えている」
■離れても繋がる「新しいコミュニティ」
平賀さんは、居酒屋兼自宅から15キロ離れた中古の住宅に引っ越しました。この日は、平賀さんの転居祝い。居酒屋の常連客や生活の再建を手伝ってくれた人たちを招き、手料理でもてなしました。
<平賀正廣さん>
「これ、ニンニクの芽なんだけど、(被災した自宅の)細江にあったやつだよ。隣の畑で作ってたニンニク」
<被災前の近隣住民 清水洋伸さん>
「ニンニクの話じゃないけど、草花って物を言えないじゃん。だけど、草花って頑張って咲くよね」
<平賀正廣さん>
「俺も物が言えねえだよ。頑張って耐えてただよ」
「コミュニティーの分断」は目に見えず、被災者も口にしづらい問題です。だからこそ、行政や周囲の人の支援が欠かせません。
■"ふらっと"集まれる場所の成功事例
<滝澤キャスター>
災害後はストレスもあって特にふさぎ込んでしまいがちですから、丁寧な支援が求められます。
<影島キャスター>
2022年9月に静岡市清水区を襲った豪雨災害の際には、空き店舗を活用し、被災者や地域住民が“ふらっと”集まれる場所を作ったことが成功事例として報告されています。
<滝澤キャスター>
建物を整備することももちろんですが、実際に人と人がつながれる、ソフト面での支援が大切になってくると感じました。










































































