夫が最期まで愛した「あしたか牛」守る 遺志継ぎ畜産家に 長泉の加藤さん家族が奮闘

「夫が愛したあしたか牛を何とか守りたい」と牛の世話に奮闘する加藤美和子さん(左)と雄大さん(中央)、綾さん=4月下旬、長泉町元長窪 愛鷹山麓の緑地が広がる長泉町の元長窪地区。この地で特産の「あしたか牛」を育てる加藤美和子さん(61)は、わずか1年半前に畜産の世界へ本格的に足を踏み入れた。それまで仕事一筋だった夫の学さんが、60歳で急逝したためだ。「最期まで夫が愛したあしたか牛を何とか守りたい」―。ブランドの高い評価とは裏腹に、生産農家は今や5軒しかない。牛舎では約200頭の牛の世話に奮闘する美和子さんと、父の遺志を胸に美和子さんを支える子どもたちの姿があった。
 学さんは2022年ごろから体調を崩して入退院を繰り返し、23年12月に帰らぬ人となった。ただ、その10日前は自ら北海道へ子牛の買い付けに出向き、亡くなる2日前まで牛舎で出荷の様子を確認していた。育てたあしたか牛は県畜産共進会肉牛の部で最優秀賞に輝いた。美和子さんが振り返る。「家族旅行でも牛の管理のため、1人で留守番していた。体が動かなくなっても牛が気になって仕方がないほど。命がけで仕事をしていた」
 学さんが経営してきた「富士SUNRISE牧場」は引き継ぐつもりはなかった。美和子さんは畜産の経験が乏しかったからだ。しかし、学さんが最期まで牛に愛情を注ぎ、熱心に世話に取り組んでいた姿を見て少しずつ考えが変わった。「夫のようにはいかなくても、せめて現状維持できるように頑張ってみよう」
 餌の配合から体調管理、出荷、堆肥づくりなど、畜産の業務は多岐にわたる上に重労働。加えて牧場経営にも多くの知識や資金が必要になる。美和子さん1人で続けるのは「やっぱり限界があった」。
 そんな母の不安を察し、長男雄大さん(39)と長女綾さん(37)が、長年勤めた会社を辞めて作業を手伝うと申し出た。次女日向子さん(35)も早朝から牛舎を訪れて餌やりを担当するなど協力し、家族総出で牧場を支えている。
 学さんが去ってから2度目の春を迎えた。最期に北海道で買い付けた牛もほぼ出荷した。美和子さんは牛舎で汗を拭いながら、ほほ笑んだ。「多くの人にあしたか牛を知ってもらい、食べてもらうことが、夫も含めた私たち家族の今の望みなんです」
 あしたか牛 旧JA南駿(現JAふじ伊豆)管内の生産者が1997年に立ち上げた独自銘柄。愛鷹山麓の地で育ち、良質な粗飼料と厳選された配合飼料で一定期間肥育した国産牛。立ち上げ当初は和牛と乳用牛を掛け合わせた「混雑牛」と和牛を対象としていたが、現在は混雑牛のみが対象。豊かな風味と柔らかい肉質が特徴で、同年の「全国肉用枝肉共励会」で松阪牛や神戸牛などを押しのけて1位に輝き、一躍有名となった。現在の年間出荷量は約192トン。

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