社説(7月19日)富士山頂での研究 霊峰、科学の目で仰げば

 富士山頂の旧測候所施設で今夏も研究活動が行われている。大学教授や学生、企業の技術者らが9月9日までの71日間、この高さでなければできない観測や実験を進める。
 研究・教育拠点としての活用は「富士山レーダー」が人工衛星に切り替わり無人化された後の2007年に開始。このために研究者らが結集した認定NPO法人「富士山測候所を活用する会」が国から施設を借り受けている。
 今夏は5年契約の最終年に当たる。国民の理解と支援は円滑な更新と活動継続を後押しするに違いない。NPOは交流サイト(SNS)や書籍などで広報に努めているが、さらに充実を図ってほしい。
 児童生徒の興味を喚起することは人材育成の面からも効果が期待できる。静岡、山梨両県や山麓の市町村と協働してオンライン教室や出張講座などをしてみてはどうか。霊峰を科学の目で仰いで気づきを得る企画を事業化できれば活動資金調達につながろう。
 富士山は標高3776メートル。山頂は、中緯度で約2千メートル以上の自由対流圏に突き出ている。大気は水平に長距離を移動して来るので、大陸の工場から排出された煙など地球規模の大気汚染を把握することができる。対処が急がれるマイクロプラスチックは山頂の積雪や雲からも検出された。
 当初は大気化学や物理学の研究が多かったが、火山噴火予知や通信技術など研究範囲は年々多彩に。今夏は31プロジェクトが参加する。
 個人差はあるが、標高2500メートル以上の高所では多くの人が頭痛やめまいなどを発症する。気圧が低くなると血中酸素濃度が低下するメカニズムの解明など高所医学研究の適地でもある。
 測候所施設は研究グループの利用料収入で運営される。コロナ禍で開山できなかった20年は、施設修繕や電源ケーブル維持などの資金難を募金で乗り切った。NPOの財務安定化のためにも自治体との関係強化は有効だ。
 富士山の本格的な気象観測は1880(明治13)年、米国人研究者らが山頂に数日間滞在して重力測定などの実験をしたのが始まりとされる。95年、野中至・千代子夫妻が命懸けの越冬観測に挑んだ。佐藤順一は1930年、厳冬期の観測に成功し、通年観測の道を開いた。先人の探究心も子どもたちに伝えたい。
 32年には通年観測が始まり、富士山レーダーは、伊勢湾台風の甚大な被害などを教訓に64年に設置された。
 「信仰の対象と芸術の源泉」として世界遺産登録から10年。富士山は大きな教室にも例えられよう。科学的観点から富士山を恐れることは、環境保全だけでなく無謀な登山の抑止にもつながる。

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