
正月の雑煮で味わう餅の予約で訪ねたなじみのお餅屋さん。店主の笑顔が消えていました。「値上げか、廃業か選べと言われているよう…」。もち米が品薄で、仕入価格がなんと昨年の2倍。常連客に、例年と同じ金額なら餅の量は大幅に減ると詫びる日々だそうです。
もち米の価格はなぜ跳ね上がったのでしょう。店主によると、一部の農家が高値の主食用米に転作したため。もち米の確保を懸念した業者が、農家に1等米のコシヒカリと同レベルの額を提示したケースがあると聞き、値上げは覚悟していたそうです。ただ2倍は想定外でした。もち米は、うるち米との交配で品質が低下するなど栽培に手間がかかります。祭事や正月など使用機会が限定的で、文化や風習の変化もあって消費は減少傾向だっただけに品薄に拍車がかかりました。
手間を惜しまない製法を守り、餅コメの品質にこだわってきた店主。「今シーズンをしのげばいいのか、来年はどうなる」と最後まで表情は曇ったままでした。酒造りに使う酒造好適米でも似たような状況があるそうです。
コメ騒動、いつまで
「令和のコメ騒動」は終息するのか。それともコメの生産流通は激変期を迎えたのでしょうか。スーパーの棚からコメが消えたのは昨年の夏。平成のコメ騒動は記録的冷夏による不作が原因でしたが、令和は猛暑。これに南海トラフ巨大地震の臨時情報による備蓄と、外国人旅行客の増加による需要の増加が重なったためとされました。政府は「新米が出回れば解消する」「流通に目詰まりがある」と冷静な対応を呼びかけましたが、店頭のコメは不足が続き、価格は高止まり。小泉進次郎前農林水産相の政治決断で備蓄米の放出に至りました。
生活必需品は「買えない」「買えなくなる」となれば買い足したくなります。古くはオイルショックでのトイレットペーパー、最近ではコロナ禍初期のマスクで国民は苦しい思いをしました。風説の流布でパニックが起きたのならいずれ沈静化します。しかし、コメの価格は政府方針と密接で歴史的な商習慣も作用します。需要と供給のバランスに基づく純粋な販売競争で小売価格が形成されるわけではありません。
ですから、「高値は衝動買いがあるから」と消費者のせいにする声にうなずくわけにはいきません。まずは政治家が、いまはコメを巡る農政の「危機」だと自覚すべきで、この状況を「騒動」と称している時点で国民生活を軽んじている印象。誠に腹立たしい。
コメは値下がり予測?
さて、米価は値下がりするとの報道が続いています。根拠は農水省所管の機構が公表するデータ。向こう3カ月の価格見通しの指数が2カ月連続で現状維持の50を大きく下回り、11月時点で32になりました。これは新型コロナウイルス禍で27を記録した2021年9月以降で最も低い水準です。気になるのは、機構の全国調査に対する回答の理由です。値下がりの根拠として「国内の在庫水準」を挙げた団体が41%、「米穀の調達状況」が36%。「消費者の動向」は13%にすぎません。消費者の動向より主に流通側の都合でコメの価格が左右されている状況がここでも明らかになっています。
少し前は「コメ離れ」
思い出しましょう。コメ騒動の前まで「コメ離れ」が深刻に語られていました。農林水産省の広報資料「お米と食料安全保障」には、国民1人当たりの年間消費量が1962(昭和37)年の118キロから減り続け、2021(令和3)年は51キロになったとあります。約60年かけて半減しました。
農林水産省「お米と食料安全保障」より
世界的にコメの需要は拡大していますが、「日本は高度経済成長の時代を迎え、食生活が大きく変化した」と説明しました。そして、食物の生産や輸入を安定的に維持する食糧安全保障の考え方を示しながら「もう少しお米を食べる機会を増やすことがとても効果的」と呼びかけました。政府はコメの消費が減っている要因として、特に高齢者の食生活が要因だとしています。国民健康・栄養調査や民間のデータの分析で、60代の朝食での米飯はここ20年で激減しました。コメとパンの割合がおおむね6対4から3対7になったのです。この間、朝食での20代の米飯は横ばいでした。
むしろ若者はコメ好き!
農水省はすし(外食)に関する分析もしています。店ですしを味わうための年間支出は、全世帯では2000年に1万6944円だったのが23年には1万5520円に微減でした。ところが29歳以下に限れば23年間で約2倍、頻度は約3.2倍に増加しているのです。米飯とすしは直接の比較はできませんが、少なくとも「コメ離れ」とひとくくりにできない状況です。もし年配の皆さんが「近頃の若い者はコメを食べなくなった」と言っていたら、「それはご自身の世代ですよ」と伝えましょう。コメの消費量が減退しているのは「食生活の変化」で若い人がコメを食べなくなったのではなく、少子高齢化でコメを腹いっぱい食べる若者の数が減り、パン食などを好むようになった高齢者が増えたから、と考えられます。ゆえに、コメの価格高騰の最も深刻な影響を被るのは子育て世代の台所だと言えます。
政治の結果責任
石破茂政権はコメを増産する政策の大転換を決めましたが、高市早苗政権はわずか3カ月で撤回しました。「需要に応じた生産」だそうです。適正なコメ価格の維持が、国民の主食生産を担う農家の経営健全化に欠かせないとの政策判断に異論はありません。ただ、国民感覚と乖離した価格水準が続くならパンや麺類、パスタへと嗜好が変化し、コメ離れが進む可能性があります。ならばコメの適正価格はいくらなのか。政府は、その水準と算定根拠をしっかり説明する必要があります。与野党は、コメの消費量減退とコメ農家の減少、そこに由来するコメ価格の急上昇の結果責任を負うべきで、「令和のコメ騒動」は政治の機能不全の行き着いた先だと自覚していただきたい。
中島 忠男(なかじま・ただお)=SBSプロモーション常務
1962年焼津市生まれ。86年静岡新聞入社。社会部で司法や教育委員会を取材。共同通信社に出向し文部科学省、総務省を担当。清水支局長を務め政治部へ。川勝平太知事を初当選時から取材し、政治部長、ニュースセンター長、論説委員長を経て定年を迎え、2023年6月から現職。







































































