静岡県が抜本的見直しを進める新県立中央図書館の建設計画。経済性やまちづくりが議論され、AIの進化や巨額歳出で不要論も。でも、考えておきたいことがあります。


旧知の自治体幹部が満面の笑みで語っていました。「東京出張の往復の新幹線で生成AI(人工知能)と会話した。本当に自治体は消滅するのかどうか。AIはすごい」-。私は、自治体の存亡なら住民や議員と話してほしいと切に願いました。

難解なビジネス需要も意地悪な問いも全て拒まず、文字や画像、音声など多様な方法で答えてくれる生成AI。人間とコンピュータの自然な会話を目指す対話型AIも進化し、AI暮らしに浸透してきました。が、思わぬ弊害も露呈しています。

米国カリフォルニア州でのこと。16歳の息子の自殺は生成AIの「チャットGPT」との会話にのめり込んだのが原因だとして、両親が開発元のオープンAIなどを提訴したニュースは衝撃的でした。高校の課題提出でチャットGPTを利用し始めた少年は、次第に自殺願望をつぶやくようになりました。AIは他者に助けを求めるよう示唆しましたが、やがて命を絶つ方法や遺書に関する情報を与え、自殺直前には「あなたが死を望むのは弱いからではない」と伝えたとされます。提訴段階なので真相は不明ですが、遺族は「AIは自殺の指南役になった」との思いです。アラ還の私は孫を抱っこしながら人生の来し方行く末を考える機会が増え、人の生死とAIについて考えさせられました。

AIはコンテンツの創造者?

AIは好き嫌いや使いこなせるか否かではなく、もはや暮らしと経済に溶け込んでいます。定型的業務を素早くこなし、入手に手間と時間を要していたデータや素材を瞬時に取り揃えてくれます。商品説明や苦情の応対をAIにゆだねるメーカーも少なくありません。ビジネス分野ではAIによる生産性向上や、捻出した余力を事業開発に充てる戦略が待ったなしです。

ただ、AIが新しいコンテンツを創造する技術なのかは議論があります。AIは学習したデータに基づき情報を提供する「仕組み」で、その主たる情報源はネット上に公開された膨大なデータ(ニュース記事やウエブページ、論文、著作など)です。慣れ親しんだウエブ検索と異なるのは、生成AIは検索結果をそのまま表示するのではなく、分かりやすい文章などで返答してくれるところ。つまり、生成と言っても無から有を生み出だしているのではなく、いわば人類の知恵や経験、資産を踏み台にしているのです。

現状でAIは、独自の思想や倫理観、道徳心を持たないとされています。公序良俗に反しない質問を投げかけているうちは、問題は生じないでしょう。一方、誰かをおとしめたい、犯罪を企てたいと考える人には凶器のような存在。ならば、倫理観や道徳心をプログラムすればいいのでしょうか。そうなると何が不道徳で、何が罪に問われるかが国や地域により異なる可能性があります。暮らしや経済での利活用とて、AIが学習するデータに偏りや誤表記が含まれていると生成結果に反映されてしまう危険があります。極めて有能な「仕組み」であるがゆえ、AIはもはや一つの「人格」として人類との共存を考えざるを得ない存在なのです。

図書館の中枢機能とは

さて、県立中央図書館。約100億円の財源不足が判明し、鈴木康友知事は県議会9月定例会の所信表明で「機能性」「経済性」「東静岡のまちづくりとの一体性」の三つの視点で新たな整備計画を策定する方針を示しました。私は少し不安を感じています。

図書館は、全ての人々が平等に知識や情報を入手できる「地域の情報センター」(ユネスコ公共図書館宣言、1994年)としての役割を歴史的にひとり担ってきました。いま、手元のスマホにもAIが搭載され、老若男女が情報を知り、物事を判断する手段が激変する中で公立図書館は何を中枢機能として維持発展させるべきでしょう。ここの県民理解が曖昧なままでは、新図書館建設の財政負担に疑問符が付くことになります。

「ラー二ング・コモンズ」

私は新県立中央図書館の整備計画に関する資料をたぐり「ラーニング・コモンズ」という言葉を学びました。整備基本計画(2020年4月改定)で4分類した目指すべき姿の4番目に「県民が出合い交わり、新しい文化を生む図書館」が掲げられ、そこでラーニング・コモンズの考え方が登場します。

大学図書館でのグループ討論やクラブ、サークル活動の支援で設けられたスペースに由来し、近年は人々が多様な情報に接し、仲間と議論し、時に情報発信していく場を意味するようになりました。こうした考え方に着目し、東静岡駅に隣接した立地とグランシップなど周辺施設との連携を生かし、県民の新たな出会いや交わりを育む機能を発揮する施設を目指すというのです。図書館の機能をデジタルシフトし、コミュニティー形成の機能を併せ持つ構想で、市町や学校図書館の将来像のモデルに成り得ます。蔵書と収集した貴重資料に新たな価値を加え、全県民に発信することにもつながります。

自由と民主主義と図書館

「ユネスコ公立図書館宣言」(1994年、日本図書館協会サイトより)は次のような書き出しで始まります。「社会と個人の自由、繁栄および発展は人間にとっての基本的価値である。(中略)公立図書館が(は)教育、文化、情報の活力であり、男女の心の中に平和と精神的な幸福を育成するための必須の機関である」。

この記述は、誰もが自由に整った資料に接することが「出来ない」と何が起こるのか、歴史の反省に立った認識です。図書館がなぜ必要なのか、図書館がどんな役割を果たしてきたのか、その普遍的価値を考えるヒントがあります。

一方で、図書館の新設や維持管理には多額の公費が必要。「精神的な幸福」を言う前に目の前の物価高を何とかしてほしい、との意見もあるでしょう。新図書館の建設計画が受けている逆風は尋常でないと理解しなければなりません。

「開架棚で本を探し、ページをめくるのはコスパ、タイパが悪い」「貴重資料の保存も公開も全てデジタル化すればハコモノの図書館はいらない」と考えますか。これはノートと鉛筆、黒板とチョークを手段に先生が児童生徒と向き合ってきた学校での教育活動は、全員配布のタブレットで置き換えることができるのか、の議論にも通底します。図書館の将来像を考えることは情報化社会と私たちの暮らしを立ち止まって見直す機会になります。
中島 忠男(なかじま・ただお)=SBSプロモーション常務
1962年焼津市生まれ。86年静岡新聞入社。社会部で司法や教育委員会を取材。共同通信社に出向し文部科学省、総務省を担当。清水支局長を務め政治部へ。川勝平太知事を初当選時から取材し、政治部長、ニュースセンター長、論説委員長を経て定年を迎え、2023年6月から現職。

静岡新聞SBS有志による、”完全個人発信型コンテンツ”。既存の新聞・テレビ・ラジオでは報道しないネタから、偏愛する◯◯の話まで、ノンジャンルで取り上げます。読んでおくと、いつか何かの役に立つ……かも、しれません。お暇つぶしにどうぞ!

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