​【秋山純監督「栄光のバックホーム」】主演松谷鷹也が放つ野球選手としての圧倒的なリアリティー

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は、11月28日公開の秋山純監督「栄光のバックホーム」を題材に。製作総指揮は出版社「幻冬舎」の見城徹社長(静岡市清水区出身)。去る11月2日に静岡市清水区のMOVIX清水で開かれた試写会で鑑賞。

(c)2025「栄光のバックホーム」製作委員会

将来を嘱望されながら脳腫瘍で引退を余儀なくされ、28歳で亡くなった元阪神タイガースの横田慎太郎さんの生涯を描いている。若くして絶望のふちに立たされた横田さんの、ひたむきに前を向こうとする姿、彼に寄り添い、励まし続ける母まなみさんら家族の奮闘と献身が映し出される。出演は松谷鷹也、鈴木京香、高橋克典ら。

2016年シーズンの開幕スタメンを勝ち取り、順風満帆に見えた横田さんを激しい頭痛が襲った。21歳にして脳腫瘍との診断を受けた横田さんは、一度はチームに復帰したものの目の回復がかなわず、2019年に引退を決意した。引退試合となった同年9月の2軍ソフトバンク戦で中堅手として見せたバックホームは、野球ファンの間で語り継がれている。

(c)2025「栄光のバックホーム」製作委員会

映画では以上のような内容が時系列で描かれる。横田さんの自著「奇跡のバックホーム」(幻冬舎文庫)と、家族の視点で書かれたノンフィクション「栄光のバックホーム」(同)の2冊を基にした脚本は、鹿児島の野球少年がプロ選手になるまでの上り道と、21歳を境に頑強な肉体が徐々に動かなくなっていく下り道を、回り道をほとんど加えずに描いている。

いわゆる「難病もの」は「感動ポルノ」に陥りかねない危険性をはらむ。だが、この映画はそうなってはいない。生涯をかけて野球の能力を磨いてきた男の栄光と挫折、絶望と生きる気力が、異様な説得力で迫ってくる。

最大の要因は横田さんを演じた松谷の存在である。本作は彼を起用したことで、成功が約束されたと言ってもいいだろう。福島県の学法福島高野球部出身で、撮影前には広島県の社会人野球チーム「福山ローズファイターズ」に練習生として入団した。試写会に出席した秋山純監督の発言によると「東京のアパートを引き払って、住み込みで」練習に明け暮れたという。

(c)2025「栄光のバックホーム」製作委員会

時間は嘘をつかない。左投げ左打ちの横田さんの打撃、守備、走塁を、これだけ高いレベルで演技として表現できる役者はいただろうか。秋山監督は松谷の演技について言う。「練習して、練習して、練習して、やっと認められて。本当に『狂気の努力』のたまもの」

試合の一挙手一投足はもちろんだが、特筆すべきは何度も出てくる素振りの場面である。懐を深く、背筋を伸ばしてグリップを高く上げて構える。どこに投げても打たれそうだ。「ブン」と一振りする。腰の回転と上半身のひねりは競技者でなければ生み出せない鋭さだ。背番号のよじれが、浮き出た背筋をイメージさせる。

(c)2025「栄光のバックホーム」製作委員会


本作最大のキーワードは「家族愛」だろう。ただ、その次に来るのは間違いなく「リアリティー」だ。クライマックスのバックホームは圧巻と言うしかない。センター前ヒットをキャッチし、大きく左腕を振って本塁へ。おそらくはボールをきちんと視認できない状態での送球を、松谷は「自分のプレー」として演じてみせる。だが観客には横田さんのプレーそのものに見える。これぞ映画のマジックと言えるだろう。

魔法的な映像は、偶然の産物ではない。松谷の積み重ねてきた練習、撮影前の横田さん本人との血の通った交流があったからこそ、そう見えるのだ。プロジェクト開始からの3年半が、この場面に凝縮している。映画に関わる多くの人の覚悟が伝わってくる、感動的なシーンだった。

(は)

<DATA>※県内の上映館。11月27日時点。全て11月28日公開
シネプラザサントムーン(清水町)
シネマサンシャイン沼津(沼津市)
イオンシネマ富士宮(富士宮市)
MOVIX清水(静岡市清水区)
シネシティザート(静岡市葵区)
TOHOシネマズららぽーと磐田(磐田市)
TOHOシネマズサンストリート浜北(浜松市浜名区)
TOHOシネマズ浜松(浜松市中央区)

11月2日に静岡市清水区で開かれた試写会。見城徹氏の母校清水南高同窓会が主導した

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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