クマはイヌと同じ?ネコと一緒?アクセントの話です
クマが人を襲う被害が深刻で、連日報道されているからなのだろう。この秋、私は放送関係以外の三人から、同じ趣旨の質問を受けた。「アナウンサーは『ク/マ\が出没』と『マ』を高く言うのに、目撃者のインタビューでは『ク\マがいた』と、『ク』を高く話しているのはなぜ?」「『ク\マ』と『ク』を高く発音するのは方言ですか?」「『ク\マ』と最初を高く話すのが正しいのでは?」といったぐあいだ。クマは今、危険性だけでなく、その発音も注目されている。
『ク/マ\が』と『ク\マが』の差は、アクセントの違いである。日本語では一部の地域を除いて、単語ごとにどこを高く発音するのかアクセントは決まっている。共通語で考えた場合、『ク/マ\が』と二番目の音を高く言うのは『イ/ヌ\が』『ウ/マ\が』と同じパターンで、尾高(おだか)と呼ばれる型だ。語末が高くて、続く助詞で音程は下がる。対して『ク\マが』と、最初の音を高く話すのは『ネ\コが』『サ\ルが』と同様で、頭高(あたまだか)の型に分類される。クマは、はたして尾高か?それとも頭高なのか?
「クマ」の発音が変わった!?
NHKが「日本語発音アクセント辞典」なる本を出版している。民放のアナウンサーも拠り所とする約7万5千語収録の辞書である。1991年静岡放送入社の私が最初に使ったアクセント辞典には、クマは『ク/マ\が』と発音するよう記されている。イヌと同じ型だ。1998年改訂版でもクマは尾高であると表記されていたが、2016年の改訂で、尾高以外にも推奨できるアクセントはあるとして、頭高も併記されるようになった。『ク/マ\が』が優先順位として上ではあるが、『ク\マが』もOKとなったわけだ。何を今さら?と受け止められるかもしれない。若いとは言えない昭和生まれでも「北海道土産は木彫りのク\マだった」とか、「く\まのプーさんのパジャマを着ていた」などと思い出を語り、頭高の「ク\マ」以外に、どんな発音があるというのか?と感じる人も多かろう。
何を隠そうアナウンサーになりたての頃、私も、クマは「ク\マが」だと思っていた。
ところが、戦前生まれの先輩に「ク\マだと人間になっちまうぞ」と指摘された。落語に出てくる「熊さん」は、八っつぁんに「おい!く\ま」と呼ばれるが、動物は「ク/マ\が」だから、そこは言い分けなさいと。
動物のクマのアクセントは、時代を経て『ク/マ\が』から『ク\マが』に次第に移ってきたのだ。高齢の方が『ク╱マ\が』という率はある程度高いだろうし、子どもや若者、今は中年の層まで『ク\マが』と発音する人の割合のほうが、巷では多いのではないか。
けれども、アナウンサーの場合は、私のように「動物のクマは、尾高アクセント」と教育された者もいるし、9年前から『ク\マが』が、アクセント辞典で認められているものの、見出し語のすぐあとに書いてある発音は『ク╱マ\が』だから、若手といえども、ニュース読みの場面では、ほとんど例外なく尾高で発音していると思われる。そのことが、原稿部分と、インタビューの答えで、「クマ」の言い方が異なるという違和感を生んでいる。
そもそも、なぜクマのアクセントは変化したのだろうか?私が怪しいとにらむ、きっかけは、テレビでは1972年に初めて紹介された歌「森のくまさん」だ。詞をちゃんと聴くと、このクマは、逃げなさいと言ってくれたり、落としたアクセサリーを拾ってくれたり、今、日本を騒がせている凶暴なクマとは大違いで、出くわしたお嬢さんは、最後にクマへ歌のプレゼントまでしている。
こんな紳士的なクマを、とても「森のくま」なんて呼び捨てにはできず、敬称をつけて「森のくまさん」としたことで、アクセント変化が起きたのではないかと考える。擬人化された言動に加え、「さん」付けになったことで、『ク/マ』は、人名の「熊」と同じアクセント=『く\まさん』そして『ク\マ』と呼ばれるようになっていったのではないか?
クマは唐突に我々のすぐそばに現れたのではない。呼び名のアクセント変化の観点からすると、50年も前から実は徐々に人間に近づいてきていたのだ。
文:SBSアナウンサー・野路毅彦







































































