【マガジンハウスの「文芸ブルータス2025夏」】 13年ぶり復刊、小説界の「オムニバス」。宇佐見りんさん(沼津市出身)のソリッドな文章に心をつかまれた

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は2025年8月1日発売(奥付)の「文芸ブルータス2025夏」(マガジンハウス)を題材に。

2012年12月に発刊した「文芸ブルータス」は文芸誌8誌が協力し、有川浩さん、朝井リョウさん、万城目学さんらの11編が掲載された。13年ぶりの〝復刊〟号は同じように、文芸誌4誌(群像、新潮、文学界、文芸)の協力で海外作品を含む16編を載せている。市川沙央さん、井戸川射子さん、日比野コレコさん、筒井康隆さん、村上春樹さん、ハン・ガンさん、エバ・バルタサルさん…。何という素晴らしい「ばらつき」だろう。

かつて音楽の世界では、一定のテーマに沿って複数のアーティストの楽曲を集めた「オムニバス・アルバム」という形式があったが、「文芸ブルータス」を読んで、それを思い出した。後にこの形式は「コンピレーション・アルバム」と言い換えられるようになったが、「オムニバス」はもっと雑多でおおらかなイメージだった。

例えば映画「フットルース」のサントラ(1984年)。「オムニバス」なニュアンスが濃厚だった。ケニー・ロギンス、シャラマー、サミー・ヘイガー、ティナ・ターナーが同居していて、サウンド、曲調もまちまちだった。国籍、性別、年代、作風が異なる小説家16人が集った今号は、筆者がかつて夢中だったこのアルバムを想起させた。

自分が野球の捕手で、七色の変化球を持つ投手から次々に魔球を投げ込まれる感覚も得た。キャッチできたものも、できないものもある。ただ「いい球、来てるねー」と一声かけたくなる、気安さや親しみやすさがある。

静岡県民としては当然、宇佐見りんさん(沼津市出身)の「三十一日」を推したい。デビュー作「かか」が2022年に文庫化された際、書き下ろしで収録された短編。当時、これを読みたくて文庫を買った。

宇佐見さんの文章は1文1文、1行1行がソリッドで、ぜい肉がないのが特徴だと思っているが、この小説ではそれが極まっている。どの1文を読んでも美しい。個人的に好きなのは「砂利のあいだに生えた草の先が水をうけて一瞬しなる」。目の前の出来事を、過度に大きくもせず、かといって矮小化もせず、適切な彩度と明度、熱量で描写してくる。

「三十一日」は宇佐見さんの作品の中でも特にエモーショナルな内容だ。しかし、決して情緒に流されない。家族みんなでかわいがってきた犬の死を扱っているけれど、出来事と感情が正しく測定され、それぞれの文章は表現が過剰にならない。

これは技術、というより信念のようなものだろう。宇佐見さんの次回作が早く読みたい。

(は)

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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