​【佐藤雅彦さん(沼津市出身)の個展「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」】「だんご3兄弟」「バザールでござーる」「ポリンキー」のつくり手の「頭の中」

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は横浜市西区の横浜美術館 で6月28 日に開幕した同館リニューアルオープン記念展「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」を題材に。旧戸田村(現沼津市)出身のクリエイティブディレクターで東京芸術大名誉教授の佐藤雅彦さんの創作活動の軌跡をたどり、その発想の源を探る世界初の大規模個展。

ミュージアムショップで30分並んで手に入れたカタログが手元にある。帯に「作り方を作る」とあるが、このフレーズは展覧会の冒頭にも掲げられていた。結論から言えば、まさにこの言葉に徹した個展だった。

「バザールでござーる」「だんご3兄弟」「ポリンキー」といったかわいらしいキャラクターや、NHK「ピタゴラスイッチ」で知られる佐藤さんだけに、彼のつくりだしたキャラクターが大集合してわちゃわちゃやる、という展示をなんとなくイメージしていたが、全く違う。かなり硬質で、「表現」の本質に踏み込んでいる。「アイデアを形にする過程をここまで明らかにしていいのか」と思うほどだ。

ピタゴラ装置の現物や映像、「ぼてじん」「もりのおく」のセット、「だんご3兄弟」の映像、「たなくじ」の横浜美術館バージョンなども用意されているが、全体を通してみると、それらはほんの一部、というか誤解を恐れず言えば「おまけ」に過ぎない。

首尾一貫したテーマは「佐藤雅彦の頭の中」だろう。29歳の時に書いたメモが一番最初の展示物で、そこには「別のルールで物を作ろうと考えている。」とある。日焼けしてインクが薄れた現物に目を凝らすと、そんなに力は入っていない文字だが、確かにそう書かれている。

東京大教育学部を卒業後、電通に入社し、セールスプロモーション局に配属され、谷川俊太郎らが参加した「詩人の朗読会『POETRY FORUM』のチケット、パンフレットのデザインを手がけた頃だ。表現系の教育を受けていない佐藤さんは当時、デザインとは何か、何をどうすればいいかという根本的な問題にぶち当たっていたようだ。

29歳のメモから浮かんでくる「自分なりの方法論を見つけなくては」という切迫感は、その後のデザインと「表現」のあわいを行く佐藤さんの創作を象徴している。展覧会は約40年前のメモがどんな発展を生んだかを振り返る。映像が充実しているので、鑑賞には相応の時間を費やすべきだ。筆者は待ち時間を含めて4時間かけた。

大きく分けて二つの展示ゾーンがある。まず、電通で手がけたCMを事例に、不特定多数の人に届く映像表現の考え方を解説するゾーン。もう一つが、慶応大に招かれ佐藤雅彦研究所を設置して以降の、教育を通じた「新表現論」の開発を紹介するゾーン。どちらもかなり脳みそを刺激される。

特に後者は数学や認知心理学を取り入れることで、「表現」そのものを拡張してやろうという意欲、もっと言えば「野心」のようなものを強く感じる。とめどなくあふれる、大きなエネルギーがそこにある。

前半部分を理解するには、約30分にわたる佐藤さんの選抜CM集を全部見た方がいい。なぜなら、その後の展示で、CMをつくる際の思考の「種明かし」を細かく丁寧に行うからだ。恐らく80本近くあるが、どれも時代を象徴し、時代を動かした名作。トヨタ、NEC、東レ、湖池屋、JR東日本、サントリー…。長い列ができていたとしても、ひるんではいけない。

これらの映像を事例として、佐藤さんの表現方法について具体的な説明がある。過去のCMの優れた要素から導き出した方法論「ルール」が根本にあるという。「音から作る」→「ドキュメンタリー・リップシンクロ」。ドンタコス、スコーンなどは皆この方法論だ。

展覧会は他のルール、そして企業の風格や雰囲気を感じさせるための工夫「トーン」についても詳細に語る。「創作の考え方」そのものが展示物である。こんな展覧会はこれまであっただろうか。

教育現場に身を置いて以降の後半部分は、さらに先鋭的だ。慶応大の学生を教えながら「表現」を探求する道のりは、未開の地を行くがごとし。「アルゴリズム」「ロトスコープ」「動きが生む認知」「物語性の発現」といった概念やキーワードが、鑑賞に堪えうる表現に昇華されるまでの経路がよく分かる。

個人的に感動したのは、「視覚情報の連続が物語を作り出す」という話の流れで上映された、ピタゴラ装置の一つ「ビー玉ビーすけ」の「歌なし」バージョンである。歌詞の補完がなくても筋書きが伝わってくる。主役の赤玉が黒大玉にとらわれた兄弟2玉を救い出して家に連れ帰る、という話しがありありと浮かぶ。

「乱暴なストーリーでも視聴者が補ってくれる」という解説がある。これはもしや、佐藤さんがずっと追求してきた命題の答えの一つではないか。「どう見えるか」「どう見せるか」は映像作家なら誰でも考えることだ。佐藤さんの特異な発想は「相手がどう受け取るか」という地点からスタートしている点だ。

受け手(見る側)の力を引き出して表現を成立させる。受け手の力を正確に量って、表現の幅や置き所を決める。個展タイトルにある「分かり方」とは、つまりそういうことなんだろう。

(は)

<DATA>
■横浜美術館リニューアルオープン記念展「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」
住所:横浜市西区みなとみらい3-4-1
開館:午前10時~午後6時(木曜休館)
料金:一般2000円、大学生1600円、中学・高校生1000円、小学生無料、障害者手帳などの所持者と介護者1人無料
会期:11月3日(月・祝)まで

静岡新聞の論説委員が、静岡県に関係する文化芸術、ポップカルチャーをキュレーション。ショートレビュー、表現者へのインタビューを通じて、アートを巡る対話の糸口をつくります。

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