
横浜美術館で開催中の個展が盛況の佐藤雅彦さんについての、さまざまな角度からの論考を集めた特集号。本人への長尺インタビューや歌人枡野浩一さんとの対談も収録している。アカデミズムの世界から芸能界、音楽界にまたがる幅広い顔ぶれの執筆陣が、佐藤さんの仕事の深淵を物語る。
佐藤さんはCMプランナーとしてNEC「バザールでござーる」や湖池屋「ポリンキー」をはじめとした数々のヒットCMを手がけ、大ヒット曲「だんご3兄弟」を生み出し、教育の世界に転じてからは「ピタゴラスイッチ」をはじめとするNHKでの数々の実験的な教育番組を監修した。
本特集ではその一つ一つを丁寧に分離し、その仕事の背後にある、あるいはあったものをエピソードを交えて解き明かす。佐藤雅彦という希代のクリエーターについての、無数の「各論」が集まっているようだ。横浜美術館個展を鑑賞する上でサブテキストとしてもってこいの内容と言える。
冒頭の枡野さんとの対談は展覧会のアウトラインを説明し、別の対談ではインターフェース研究者の水野勝仁さんが佐藤さんの表現の根底に横たわる考え方を解き明かそうと試みている。
作詞家で小説家の児玉雨子さんは「だんご3兄弟」を「創作者の意図を飛び越えた歌の消費」=「歌的客体化」にあった事例として取り上げ、爆笑問題の太田光さん、「栗コーダーカルテット」の栗原正己さんは、それぞれ「ポンキッキーズ」の「爆チュー問題」コーナー、「ピタゴラスイッチ」の楽曲が生まれる際の佐藤さんとのやりとりを細かく紹介している。
佐藤さん監修のNHK番組の映像制作を担う「ユーフラテス」の山本晃士ロバートさん、デザイナーの菅俊一さん、グラフィックデザイナーの石川将也さん、文筆家の岡田育さんら慶応大佐藤雅彦研究室の教え子は前代未聞だっただろう研究室のかつての空気を、生き生きと伝えてくれる。
ユリイカの人物特集はいつも「ここまで掘るか」という「深さ」に驚嘆するものだが、今回の特集は深さは保ちつつ面としての広さを感じる。編集部の意図もあるだろうが、「広がってしまった」という印象もある。
それは、佐藤さんの表現の足跡と似ている。水面に石を投げ込んでできる波紋のようだ。一つの表現が思わぬ「何か」を呼び込む。「戦略」「計算」が及ばない副次的現象が発生する。この特集もまた「佐藤雅彦的」である。
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