
(川内)大丈夫です。決して硬い話ばかりではないですよ。
(山田)「教皇選挙」と聞いて、無理やり選挙をやるという「強行選挙」、「コンクラーベ」(教皇選挙の意味)で「根比べ」を連想しました。
(川内)それは面白い。お上手ですね。まず新しい教皇について説明しましょう。
初のアメリカ出身者
(川内)前ローマ教皇フランシスコが4月21日に死去し、「コンクラーベ」と呼ばれる選挙で5月8日にロバート・フランシス・プレボスト枢機卿が第267代の新しい教皇に選ばれ、「レオ14世」を名乗ることになりました。初のアメリカ出身者ですが、両親はスペイン系とフランス・イタリア系で、布教で長年過ごした南米ペルーの国籍も持ちます。アルゼンチン出身の前教皇に続いての南米ゆかりの教皇ということで、カトリック教会が多様化、グローバル化していることが改めて示されました。
(山田)教皇はヨーロッパの人という印象がありますが、変わりつつあるんですね。
(川内)世界約14億人のカトリック信者の頂点に立つ、強い発信力を持つ存在です。ウクライナとパレスチナ自治区ガザの二つの戦争が同時進行するなど、世界は分断と対立が深まり、紛争が絶えません。新教皇には平和と協調を取り戻せるよう、影響力を発揮してほしいです。
教皇名は過去の教皇名を踏襲することが多く、今回も1878年から1903年に在位したレオ13世にちなみました。レオ13世はフランス革命後の混乱が続き、教会が孤立した時代、労働者の権利を擁護しました。教会が社会問題に取り組むことで名を残した教皇です。レオ14世もそこに、理想の教皇像を見いだしたと考えられます。
(山田)そこから名前を取ったわけだ。
選出の背景は

新教皇は選出直後、白い地味な衣装をまとった前教皇とは違い、保守派とされた前の前の教皇、ベネディクト16世と同じ伝統的な赤い肩かけや赤と金のストールをまとって登壇しました。「一定の保守主義」を示そうとしたと見ることもできます。
(山田)衣装からもどんな人物か分かるということか。
(川内)世界情勢から見れば、米国出身ということで、関税強化など世界を不安にし、混乱に陥れているトランプ政権の「重し」の役割を期待されたという分析もあります。
世界で唯一の超大国である米国出身の教皇は長年「タブー」とされてきただけに、今回の選出はアメリカがトランプ政権により、世界の尊敬を集める超大国ではなくなったことの象徴との見方もあるようです。
(山田)新教皇の選出から、いろんなことが見えてくるんだな。
コンクラーベとは
(川内)「コンクラーベ」とはラテン語で「鍵がかかった」という意味で、かつてなかなか新教皇が決まらなかった時、枢機卿たちを閉じ込めて選出を迫ったことに由来します。枢機卿は、教皇の次に地位が高い聖職者。今回は252人の枢機卿のうち、80歳未満の135人が対象となり、欠席者もいたため133人が参加しました。投票総数の3分の2以上の票を得るまで続き、決まったら会場のシスティーナ礼拝堂の煙突から白い煙を出し、決まらなければ黒煙を出します。
(山田)煙の映像は見たことがあります。
(川内)今回は2日目の4回目の投票で決まりました。枢機卿は秘密厳守を誓い、違反すれば破門されるようですが、通信社の配信記事は情報筋の話として新教皇は総数133票のうち約8割の105票を獲得したと伝えました。
(山田)4回は早いほうなんですか。
(川内)過去10回の平均は3.2回。前回は5回目の投票で決定しました。
(山田)映画「教皇選挙」は本当にグッドタイミングですね。
(川内)アカデミー賞で脚色賞に輝いた作品。日本での公開が現実の出来事と偶然重なり、異例のヒットでロングランになっています。静岡市内のミニシアターでも6月5日までの続映が決定しています。私も見ましたが、思惑や策略が渦巻く、スリリングな展開でした。
(山田)実際の選挙はどうなんでしょうか。
(川内)外部と遮断された枢機卿たちの間で、いろんな駆け引きがあるようです。
バチカンは「小さな巨人」
(山田)バチカンはイタリアの中のちっちゃな国という印象があります。(川内)バチカンとは、カトリック教会の総本山と独立した主権国家「バチカン市国」の総称です。バチカンの呼び名は地名に由来します。初代ローマ教皇でキリストの12使徒の筆頭ペテロが殉教し、埋葬された場所と考えられています。
ローマ市の中にあり、面積は0.44平方キロで国としては世界最小、東京ディズニーランドより少し小さいくらいです。外周は3.2キロでゆっくり歩いても1時間程度で回れるとのことです。
(山田)本当に小さいですね。
(川内)しかし、世界のカトリック教徒を束ねていることによる発信力や影響力は強大で、ひと言でいうと「小さな巨人」です。軍隊や目立った産業など「ハードパワー」はありませんが、「ソフトパワー」は絶大と言えます。
(山田)そうなんだ。
(川内)外務省のデータによると、2023年6月現在、国籍保有者は618人。ほかの国籍の人も含め、居住者は1000人程度で、多くが聖職者や教皇庁、施設の職員のようです。ローマ市内など、外から通勤してくる人も多いと聞きます。
(山田)なるほど。国の財政はどういう状況なんですか。
(川内)歳入は世界のカトリック教徒からの寄付、国土全体が世界文化遺産に登録されていることによる施設の入場料収入などが主で、切手の販売も知られています。バチカン宮殿や美術館、サン・ピエトロ寺院などがあり、年間約700万人が訪れるということです。
(山田)見所が詰まっている感じですね。
(川内)歴史を見ると、かつてローマ教皇は広大な教皇領を支配していましたが、19世紀のイタリア統一運動の中で領土は縮小し、1929年にイタリア政府との間で締結されたラテラノ条約で、広さより宗教の中心地としての地位を確立するために現在のバチカンの領域が確定しました。
情報収集力も強大

(山田)リアルタイムの情報が入ってきそう。
(川内)科学アカデミーや生命アカデミーなどを持ち、絶えず世界中から専門家を交えてシンポジウムを開いています。バチカン自体が「巨大なシンクタンク」と評されるほどです。
(山田)幅広い分野と積極的に接点を持っているわけだ。
(川内)三島市の国立遺伝学研究所の五條堀孝名誉教授は、教皇庁科学アカデミーの会員。アカデミーは400年以上の歴史を持つ世界最古の学術団体で、日本からはノーベル賞を受けた野依良治さんと山中伸弥さん、五條堀さんの3人が会員になっています。
約80人の会員のうち半数以上がノーベル賞受賞者。教皇フランシスコが亡くなった時、五條堀さんを取材しましたが、「教皇は科学に対して深い敬意を持っていた」と話していました。
(山田)すごい団体ですね。
教皇は「国際社会の黄門さま」

(川内)バチカンは現在184の国や地域と外交関係を持ち、その数は1980年代の倍以上で、いかにバチカンが宗教や宗派の垣根を超えて国際舞台で活躍の輪を広げているかを物語っています。
国際的に重要な外交のプレーヤーのポジションを確立していると言え、首脳レベルの来訪がひっきりなしというのも理解できます。
(山田)日本との関係はどうなんですか。
(川内)これまでもローマ教皇や日本の首相などが相互に訪問し合うなどし、非常に良好と言えます。新教皇の就任ミサに派遣された麻生太郎元首相はカトリック教徒で、洗礼名は前教皇名と同じフランシスコです。フランシスコは清貧と奉仕の生活を実践した中世イタリアの聖人として知られています。
(山田)麻生さんのことは初めて知りました。
(川内)以前、一時帰国していた現職の駐バチカン大使の上野景文さんと話したことがありますが、バチカン市国の元首でもある教皇を「国際社会の黄門さま」と例えていました。
(山田)それは分かりやすい。
(川内)ローマ教皇の国際平和や軍縮などに関する発言は、これまでも大きな注目を集めてきました。守るべき国益がないから、徹底した平和主義や中立性に富んだ言動が可能とも言えます。
(山田)持っていないからこその、強い影響力があるということか。
(川内)レオ14世はロシアのウクライナ侵攻の停戦交渉の仲介役に意欲を示しているとも伝えられています。今後、国際社会にどんなメッセージを発信するか目が離せません。
(山田)ローマ教皇やバチカンは遠い存在だと思っていましたが、今回の話を聞いて身近に感じられるようになりました。今日の勉強はこれでおしまい!