
(山田)今日は何やら面白そうなイベントを紹介いただけるそうですね。
(橋爪)はい。2つの話題があります。まずは4月20日、21日に静岡市葵区中ノ郷の登録有形文化財鈴木邸で開かれる、静岡市などで営業する古書店が集まるイベント「春の探書会」についてです。
2013年から毎年、基本的に春と秋の年2回行われる古書販売イベントです。ただ、これが単なる「古書市」じゃない。会場が、安倍川の上流、新東名新静岡インターチェンジのちょっと手前にある登録有形文化財の建築の中に本をずらりと並べて販売するんです。
(山田)文化財の建物の中で。
(橋爪)とても趣のある建物中に古書店の方々がさまざまな貴重な本や資料を持ち寄るんです。もう21回目になります。実は私の家が鈴木邸に近いので、ちょいちょい遊びに行っています。自宅の本棚にはこの「探書会」で買い求めた本がいくつかあります。
探書会の主催はこの家の当主鈴木藤男さん。ずっと新潮社にお勤めで、昔の作家のことに関する知識が豊富です。私も取材のネタ元にさせていただいたことが何回かあります。
企画のプロデューサー的存在は山田さんもよくご存知の方で、静岡市葵区にあるあべの古書店の店主・鈴木大治さん。
(山田)はい、はい。よく知っています。
(橋爪)この方は博覧強記、静岡文化の生き字引、と言えるでしょう。素晴らしい場所、ユニークな人々、はっきりしたコンセプトの3拍子がそろった注目の古書市なんです。
(山田)面白そう。
有形文化財でパンと古書。至福の時を味わってみて
(橋爪)今回は古書店7店舗のほかに、洋菓子店やパン屋さん、カレー屋さんも出店するんです。(山田)マルシェっぽくなってますね。
(橋爪)そうなんです。毎回恒例なんですけど、有形文化財で、買ったばかりの本をコーヒーを飲み、パンをかじりながら読むという、至福の時を過ごせます。
(山田)すてきじゃないですか。集まってきている本も面白そうですね。
(橋爪)私は戦前戦後の探偵小説を結構ここで買いました。この「探書会」は、鈴木大治さんが連れてくる「鬼才」たちのトークも売り物の一つです。広い和室に座布団を敷いてざっくばらんなトークを繰り広げるんですけど、ニッチな文化系の話が聞けます。
これまでのゲストもそうそうたる顔ぶれです。何人か名前を挙げますと、音楽家で詩人の巻上公一さん、映画ファンにはおなじみの特殊翻訳家の柳下毅一郎さん、文芸評論家の東雅夫さん、漫画家で「累(かさね)」の作者松浦だるまさん、米作家メルヴィル研究家の畑中久泰さんなどなど。極めて豪華です。1時間ぐらいのトークを多くは無料で聞ける非常にオトクなイベントと言えます。
今年は4月20日午後1時からのゲストがエレクトリック大正琴奏者で音楽批評家の竹田賢一さんです。実は今回は音楽の話ではなくて、ご自身が半世紀にわたってなりわいにしてきた「校正」についてじっくり語ります。竹田さんは今も「キネマ旬報」校閲、校正を手がけているそうです。
(山田)貴重なお話が聞けそうですね。
(橋爪)そして、ここから新しい話題です。
「春の探書会」の4月21日午後1時からのゲストが演出家で脚本家の井上実さんです。お題は、井上さんが演出・脚本を務めたドキュメンタリー映画「キャメラを持った男たちー関東大震災を撮るー」です。
批判恐れず後世に記録を残した映像の中身は?
(橋爪)今日のもう一つの大きなテーマはこの映画です。2023年夏に公開されて、「キネマ旬報ベスト・テン」文化映画作品賞第1位に選出されました。(山田)賞も受賞しているドキュメンタリーなんですね。
(橋爪)この映画、なかなか県内で見られなかったんですが、4月25〜29日、静岡市清水区の清水駅前銀座商店街のミニシアター「夢町座」で県内初上映されます。今回の井上さんのトークはそれの露払い的な企画です。
(山田)トークを聞いてから映画を観に行くとより楽しめそうですね。
(橋爪)どんな映画か。1923年9月1日に起こった関東大震災直後の現地を撮影したカメラマン3人とその映像フィルムがテーマです。一般社団法人「記録映画保存センター」(東京)が製作しました。
カメラマン3人というのは、映画会社「岩岡商会」経営の岩岡巽さん、日活向島撮影所の撮影技師だった高坂利光さん、映画会社「東京シネマ商会」所属だった白井茂さん。今では誰でも動画が撮れますが、100年前はカメラで動画を撮れる人はそれほどいなかったので、非常に貴重なんです。
(山田)しかも、大地震の直後なんですよね。
(橋爪)そうなんです。自分自身も被災者なのにです。ご存知のように、関東大震災といえば、死者・行方不明者が約10万5000人に及んだ未曽有の大災害です。火災が被害を大きくしたと言われています。そこまで火の手が差し迫っていて自分も逃げなければいけないはずなのに、この映画を見ると、3人のカメラマンはあえてその現場を撮影しに行っています。
当時はフィルム1巻で約3分ぐらいしか撮れなかったそうです。しかも、フィルムだから熱に弱いじゃないですか。あまり火災現場に近づくと溶けてしまう可能性があるので、その辺りも考えながら撮影するという状況なんです。
(山田)映画のチラシには「こんなときに撮影してんのかよ」というキャッチコピーがありますね。
(橋爪)遺族の証言にあるんですけど、周りの人から散々罵倒されたようなところもあったようです。それはそうですよね。みんな家財道具などを持って逃げている中で、その様子をずっと撮影している人がいれば、そういう反応があってもおかしくはないでしょう。ただ、そういうことにも負けず、後世の記録になると思って撮っていたという点が素晴らしいと思います。
映像も衝撃的で、あっちもこっちも街が燃えているんです。皇居周辺の帝国劇場や東京飯店が燃えさかっている。浅草の象徴とも言うべき凌雲閣(通称浅草十二階)は揺れで上部が崩れ落ちている。終いには、大きな災害の原因になってしまうからと爆破してしまう場面もあって…。
こういう惨状をカメラマンとしての本能で撮り続けているんです。さらに、この映画の優れているところは彼らの心中、底の底までも見通せるところです。「後世にこの景色を伝えなくては」という公共的な気持ちの一方で、「目の前に格好の被写体がある。撮りたい」という、ある意味で倫理とはかけ離れたカメラマンの「本能」のようなものがあったことがよく伝わってきます。
(山田)橋爪さんは新聞記者だから通づるところがあるんじゃないですか。
(橋爪)これは災害の映画でもあり災害報道の映画でもあると思います。
撮影地を監修したのは静岡の研究家。裏には超人的作業が!

(橋爪)もう1点。この作品には、大事な場面で静岡の方が関わっています。静岡市駿河区の都市史・災害史研究家の田中傑さんです。この方が、映像がいつ、どこで撮影したかという部分を監修しています。
(山田)へえー。
(橋爪)この映画のことで昨年の夏に田中さんにインタビューして、8月24日付の静岡新聞で記事になっているんですが、読み返してみました。田中さんの場所の特定の仕方というのが非常に綿密なんです。これってけっこう大変ですよね。
(山田)今はSNSとかで撮影場所を測定できたりしますけどね。
(橋爪)GPSですぐ分かったりもしますよね。
(山田)でも、この時代にはストリートビューとかはない。
(橋爪)田中さんは、道路は舗装されているか、街並みは商店街か、民家か、など映像に写っているものを繰り返し見て、建物に会社名や医院の名前が判別できる看板が見えた場合は、当時の電話番号帳を調べて場所を割り出すそうです。
(山田)うわー、すごい作業。
(橋爪)そういうことをして、どこから、どちらの方向を撮影した場面だということを特定する作業をしているんです。
(山田)へぇー。
(橋爪)これは超人的ですよね。「人や建物の影で、太陽の位置が推定できる。そうすれば、時刻も分かる」と話していらっしゃいました。
田中さんの監修があったからこそ、映画としてきちんと信頼のおけるものになっているんだと思います。田中さんのおかげでこの映画が、映画として成り立っているとも言えるでしょう。
繰り返しになりますが、4月25〜29日、静岡市清水区の清水駅前銀座商店街の「夢町座」で県内初上映されるので、ぜひご覧になってください。毎日午前11時、午後3時、午後7時の3回です。
(山田)時間があれば、井上さんのトークも事前に聞いておくと良いですね。
(橋爪)はい。こちらは4月21日の午後1時から。会場は静岡市葵区中ノ郷の登録有形文化財鈴木邸です。ぜひ、足を運んでみてください。
(山田)今日も勉強になりました。今日の勉強はこれでおしまい!