
言わずとしれたベストセラーのアニメ映画化
『窓ぎわのトットちゃん』ですが、原作は俳優で司会者としても活躍されている黒柳徹子さんの少女時代を書いた回想録で、日本を代表するベストセラーのひとつと言われています。トットちゃんの由来は、黒柳徹子さんがお父さんから「トット助」と呼ばれていたことから。落ち着きがなく、普通の小学校では手に負えないと言われてしまうトットちゃん。そんな彼女を受け入れてくれたのが、少し変わった経歴の小林先生が作った個性的な学校「トモエ学園」でした。トモエ学園に受け入れられたことで、トットちゃんは世界に受け入れられ、自分の世界が広がっていくというストーリーです。
映画は、原作にも出てくる小児麻痺のクラスメイト・泰明ちゃんと友達になっていくプロセスを縦軸にしながら、戦争が激しくなっていく昭和20年くらいまでの数年間の時期を描いた作品です。
作中では戦争が描かれているのですが、子どもの目線からなので、第一印象は優しい感じになっていて、でも、無言のうちに世間が変わっていく様子がはっきり描かれています。
絵柄も、昔の子ども向けの雑誌に描かれていたイラストの延長線上にあるものなので、すごくかわいらしいです。
監督の熱意と役者のすばらしさが映える
この作品で、私が特に驚いた特筆すべきポイントが2つあります。1つ目が、トットちゃんに声をあてている大野りりあなちゃん(収録当時7歳)の演技の素晴らしさ。その年齢ならではのリアリティと、ある種のかわいらしさを持ったトットちゃんが、見事に表現されています。
もう1つ驚いたのが、八鍬新之介監督自らが『窓ぎわのトットちゃん』をアニメ化しようと企画したこと。普通は原作が小説だと、お金を出す製作会社や出版社の方から企画を始めることが多いわけですが、2016年に監督にお子さんが生まれたり、シリアで戦争が始まったりしたことを受けて、こういう時代にどういうものを作ったらいいんだろうかと考えたと言います。そのとおりに作品に出来上がっています。
そこで企画書や脚本を作り、黒柳さんを説得しました。これまで映像化されていなかったのは、黒柳さんが、尊敬している小林先生を俳優に演じてもらうことは不可能だと思っていたからだそうですが、今回はアニメということで、監督の伝えたいことと、黒柳さんが伝えたいことがシンクロしたのではないかと思います。
その小林先生の声は役所広司さんがあてています。パンフレットをによると、監督から「トットちゃんにとっては人生の恩人なんですが、あまり神々しくならないように、人間臭さを忘れないでやってください」と言われたようです。それがさすがにとても見事で、人間らしさと教育に対する情熱と執念が表現されていました。そのほかの方も俳優さんが多いのですが、みなさん素晴らしかったです。
ビジュアル的にはいくつかイメージシーンが入っています。プールに入るシーンだとプールの中は水彩画タッチになったり、怖いシーンだと切り紙アニメになっていたり。イメージシーンが子どもの世界を実感させるようになっていてます。アニメーションとしても豊かさを感じさせる作品に仕上がっていました。
戦争の描き方はあくまで子どもの目から見た感じになっています。お父さんは後にNHK交響楽団となるオーケストラ(新交響楽団)のコンサートマスターなんですが、指揮者であるヨーゼフ・ローゼンシュトックはドイツから国外追放されたユダヤ人です。そこは強調されないのですが、日独伊三国同盟が成立して喜ぶ楽団員が、ローゼンシュトックを気にかける描写がチラっと入ります。
また、クライマックスでは出征する兵士たちの行列が出てきますが、かなりインパクトのあるシーンです。こういうちょっとした積み重ねを通じて、子どもたちの時代の中に少しずつ戦争が入ってくるっていうことをすごく丁寧に描いています。
かわいらしい絵柄で、且つ感動的な物語、さらにアニメーションとしての面白さもある作品ですので、ぜひ劇場に足を運んでいただければなと思います。