雑学本「知泉」が話題となった杉村さんは、SBSラジオ「らぶらじ」の名物コーナー「2時のうんちく劇場」に10年間出演。“うんちく王”として人気を博しました。

紫式部の生涯は分からないことばかり
近江:早速ですが、紫式部のうんちくや雑学を教えてください。杉村:2024年の大河ドラマは「源氏物語」を書き上げた紫式部の生涯を描くということですが、実は紫式部が何年に生まれ、いつ亡くなったのかということは分かっていません。本名も不明です。
近江:えっ!? そうなんですか。
杉村:紫式部のお父さんの役職が式部太丞(しきぶだじょう)だというのは分かっています。「源氏物語」のヒロイン・紫の君の物語を書いた式部太丞の娘ということで、後世の人が紫式部と呼び始め、江戸時代にはその呼び方が一般的になりました。
最近の研究では香子(かおりこ)という名前が本名ではないかと言われていますが、はっきりしていません。大河ドラマで吉高由里子さんが演じる紫式部は、「まひろ」という架空の名前になっています。
紫式部の本名が分からないのは、当時の風習が影響しています。本名を知られると悪霊に魂を抜かれるという迷信があって、本名があっても世間に公表していなかったんですね。
近江:そうなんですね。
杉村:400人を超える源氏物語の登場人物の中で、本名で呼ばれているのは十数名ほどしかいないんです。ほとんどは役職やニックネームで呼ばれています。
光源氏の義理のお兄さんで、ライバルでもあって親友の頭中将(とうのちゅうじょう)という人物がいるのですが、これも役職名なので、物語が進むにつれて権中納言(ごんのちゅうなごん)とか右大将、内大臣と呼び方が変わっていきます。
ですから文章だけで読んでいると、突然名前が変わって「この人誰だっけかな?」と大混乱しちゃうんです。それが400人もいるので…。その点、漫画ならイラストで顔が表現できるので、呼び名が変わっても読者に分かりやすくなっています。

政治や下剋上、ホラーもある「源氏物語」
近江:なるほど! それが今回、杉村さんが描いた完訳漫画「知泉源氏」ですね。私の手元に1〜3巻がありますが、すごく親しみがわくかわいいタッチで描かれていますね。杉村:小学生にも分かりやすいのがコンセプトなので、少年漫画風の絵にして、難しい風習をかみくだいて描いています。
近江:しかも原文を完全な形で漫画にするというのが珍しいですよね。
杉村:源氏物語の漫画はだいたい恋愛が中心となっていますが、原典をちゃんと読むと、宮中の政治的な話や上下関係を崩すような話、悪霊が人を呪い殺す話も入っているんですよ。
近江:平安時代は恋愛の話が多いのかなと思っていましたが、そればかりではないということですね。
杉村:宮中に右大臣と左大臣の派閥があって、左大臣派の光源氏には右大臣派から圧力が掛かったり、足をすくわれるような策略が練られたりします。池井戸潤さんの作品のような下剋上も出てきて、当時の人間関係がよく分かります。
近江:人間社会そのものを描いているということが伝わってきます。11月4日には完訳漫画「知泉源氏」4巻が書店に並ぶ予定だそうですね。

杉村:学術的な本を出している新評論という出版社が初めて出す漫画本ということで、書店では見つけにくいかもしれないので、知識の泉と書いて「知泉源氏」と検索してネットで注文していただけるとうれしいです。
「知泉源氏」は20巻ほどの大長編になる予定で、10年かけて描こうと思っています。
近江:杉村さん、ありがとうございました。
※2023年10月26日にSBSラジオIPPOで放送したものを編集しています。
今回お話をうかがったのは……杉村喜光さん(沼津市在住)。
雑学系ライター、作家、漫画家。著書に「雑学王・知泉の日めくりうんちく劇場 雑学カレンダー」(1-4月編、 5-8月編、9-12月編。静岡新聞社)、「異名・ニックネーム辞典」(三省堂)など10冊ほど刊行。作詞家としてテレビドラマ「ショムニ」主題歌「ピンクの弾丸」などを手掛けた。