
(橋本)先日、岸田文雄首相が10月20日に召集される臨時国会で経済対策の裏付けとなる2023年度補正予算案の成立を優先させる方針を固めたため、年内に衆院の解散総選挙を実施することが困難な情勢になったというニュースが報道されました。きょうはこの話題について取り上げたいと思います。
(山田)そもそも岸田さんは年内に衆議院を解散したいと思っていたんですか。
(橋本)衆議院の解散は首相が決めることなので、「首相の専権事項」とか「伝家の宝刀」などと言われます。解散するケースは主に2つあります。
1つは、国会が「もうあなたを信用できないからやめてください」と内閣不信任決議を突きつけたのに対し、「自分はやめないから、衆議院を解散します」という判断をした場合。もう1つは、首相が国民に信を問いたい、ある政策について是か非かというのを国民に聞きたい、という理由で解散をするというケースです。
基本的には内閣不信任決議案が可決されることは滅多にないので、首相が国民の信を問うために適切だと思ったタイミングで解散するパターンの方が多いです。
総選挙で勝てば、あるいは大きく負けなければ、国民から推進したい政策が支持されたと言うことができます。また、岸田さんは来年9月の自民党総裁選で再選を目指しているので、国民の信を得ることで自分の求心力を高めたい。そのために、どこかで解散総選挙をしたいと思ってるというふうに言われてます。
年内の衆院解散が困難なわけ
(山田)ところが困難な状況になっていると。このニュースのポイントも教えてください。(橋本)先ほど申し上げたように、岸田さんは自民党総裁としての任期満了が来年の9月に迫ってます。ここで再選するというのが、岸田さんの今の最大の目標というふうに言われてます。再選に向けて求心力を高めたいと考えても、衆院の解散総選挙を打って負けたら意味がないですよね。責任を取って首相を辞めなくてはならなくなってしまいますから。だから、総選挙で勝つために最も適切な時期を見極めようとしているとされています。
ただ、岸田内閣はなかなか支持率が上がっていません。内閣の支持率を上げるためには、新たな経済対策を打って、物価高に苦しむ国民に少しでも状況が改善したということを感じてもらい、評価してもらうことが必要になります。本年度の当初予算は使い道が決まっているので、新たな政策にお金を使うためには追加の補正予算を組まなければならない状況になっています。
補正予算案は10月20日に召集される臨時国会に提出して成立を目指すことになります。もし衆院を解散した場合、総選挙は解散から40日以内に行われ、12日間の選挙期間があります。その間は衆院議員がいなくなってしまうので、国会に空白期間ができてしまいます。そうなるとさまざまな予定が後ろ倒しになっていきます。
一方で、年が明ければ年度末に向けてやらなければならないことが山積している。それを踏まえると、日程的に年内に解散するのはもう無理なんじゃないのかという見立てです。
(山田)なるほど。
(橋本)補正予算案を臨時国会に提出したとして、成立するのは順調にいって11月末。12月に入ると、来年度の予算案を編成しなければならない。さらに国際会議などの外交日程もいろいろと予定されています。そういう日程を見ると、12月に総選挙をやってる場合ではない状況だと思います。
(山田)本来だったら来年の9月の自民党総裁選のためには、ここで衆議院を解散して国民にもう一度選ばれたかったんですよね。それが、岸田さんの思惑が上手くいかないようになってきてると。
(橋本)そうですね。1つは経済対策を優先しなければいけない状況です。内閣に人気がなく、共同通信の調査では支持率が30%台に低迷しています。9月に支持率が上向くことを期待して内閣改造に着手したんですが、それもあまり効果がありませんでした。
(山田)副大臣に女性を入れないとかいろいろありましたね。
(橋本)人気のない状態が続いてる中で衆院を解散して選挙をやると、負けてしまう可能性もあります。支持率が低ければ自民党に投票してもらえないかもしれないので。
(山田)なるほど。ということは、先に補正予算を成立させて、経済のことを考えてますよというところをPRしてから総選挙をやりたいと。
(橋本)そうです。それで国民の支持を高めて、それから選挙をやりたいということになると思います。
(山田)橋本さんの個人の予想でもやはり年内の衆院解散はないと思いますか。
(橋本)直接取材しているわけではないんで何とも言えないですけど、解散総選挙はやろうと思えばできるんです。補正予算の成立を後回しにして、まず選挙をやるんだということもできなくはない。ただ、それは国民から批判を受けますよね。自分の自民党総裁選再選のために経済対策とそのための予算をないがしろにして総選挙を先にやりますって、それはちょっとひんしゅくですよね。
(山田)国民の生活を先に考えろという声は絶対に出てきますよね。
(橋本)だから経済対策を優先するということになれば、やはり年内の解散総選挙は難しいんだろうなと思います。
来年度予算成立後の来春?それとも通常国会閉会後?
(山田)来年に入ってすぐ解散というのはどうですか。(橋本)選択肢としてはあります。年が明けると通常国会が1月に開かれますので、その冒頭で衆院を解散して総選挙をやるということはできます。ただ、通常国会は大事な来年度当初予算案の審議が待っています。当初予算案にはさまざまな事業が盛り込まれます。その中で経済対策を引き続き実施していくということをアピールしつつ、当初予算を成立させたから衆院を解散しますという流れも考えられます。
(山田)その方がよくないですか。
(橋本)その場合、そのタイミングで総選挙を行う理由は何だという議論が出てきます。衆院の解散総選挙はよく「大義」と言いますが、どのような大義があって解散するのかというところが問われそうです。
(山田)大義は自民党総裁選のためということしかないですよね。
(橋本)それはちょっと大義にはならないですね。総選挙は岸田さんの政権運営について国民が判断するために行うものです。岸田さんの地位を守るために解散総選挙を行うなんて言ったら大変なことになります。
(山田)そりゃそうですよね。そうなると、今の段階では来年の4月ぐらいが1番可能性が高い?
(橋本)そうとも言えないんです。例えば来年度当初予算を成立させてもそれで終わりではなく、予算を執行するに当たって関連のいろんな法律なども決めなければいけないんですね。それを放り出して解散総選挙を実施するとなると、また批判が起きる可能性がある。それを考えると、来春も難しいんですよ。
(山田)結構追い詰められてる状況ですね。
(橋本)全部やることをやって通常国会の終わりに解散総選挙に踏み切るという選択肢もあるかと思います。通常国会の会期は150日なので、選挙をやるとなると7月ぐらいになります。
そうなると、自民党総裁選まで残り2カ月。内閣支持率が高くないと、総裁選で岸田さんとは別の方が選ばれる可能性があります。つまり、もしかしたら首相が2カ月後に交代するかもしれないということになりますから、「そのタイミングで解散総選挙をやるのはいかがなものか」となるかもしれません。
(山田)そうですね。
(橋本)だから、いずれにしても来年のどこかで解散を打つには、やはりある程度批判されることを覚悟しなければいけないという状況に追い込まれてしまっています。
(山田)結構追い込まれてますね
かつての“仕掛け”が自身へのブーメランに?

(橋本)もちろん9月の自民党総裁選まで解散総選挙をやらないという選択肢もあります。その場合、岸田さんが再選できるだけの求心力を自民党内で保つのは難しいかもしれません。自民党内からも「岸田さんは人気ないから解散を打てなかった」という見方が出てきて、次の衆院選挙は岸田さんの下では戦えないという声が自民党総裁選で上がることが考えられます。
(山田)なるほど。首相を変えようという流れになる可能性があるということですね。岸田さんからしたら困るでしょうね。
(橋本)前の首相の菅義偉さんが辞めたとき、岸田さんは解散を打てなかった菅さんに対して「自分が総裁選に出ます」と手を挙げました。最終的に菅さんは次の総裁選に出られませんでした。そういうふうに仕掛けた側が、今度は逆の立場になる可能性があるというのは皮肉ですね。ただ、政治の世界ではよくあることだと思います。
(山田)いろいろと動きがあるということですね。
(橋本)この話はしばらくは「解散はない」「あるんじゃないか」という両方の観測が続くのではないかと思います。
(山田)われわれも見守って行きましょう。今日の勉強はこれでおしまい!